- 名前
- にいどめ
- 性別
- ♂
- 年齢
- 37歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- 来るもの拒まず、去る者追わずの精神でやっていこうかなと。 何か縁があったらよろしくお...
JavaScriptを有効にすると、デジカフェをより快適にご利用できます。
ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてからご利用ください。
号外#1
2010年06月15日 23:14
続きはムッチー牧場のブログへ
http://green.ap.teacup.com/mutuo/
以下の記事は、号外を、ある方が文字に起こして頂きました
これだけ、沢山の方々にご協力頂いて感謝しております。
本当に、ありがとうございます。
やまと新聞号外 平成22年6月10日
「口蹄疫被害」28万頭殺処分 10年前は740頭
毎日毎日必死に消毒した。なんとか助けたかった。
だけど、ごめんね本当にごめんね。感染したみたいだ。
牛さん豚さん。今まで本当にありがとう。毎日一緒に過ごしたね。
つらくて大変なときもあったけど、とても楽しい日々だった。
風邪ひいてないかい? おなかはすいてないか?
心配ないよ。最後迄一緒だから。そんな悲しい顔すんなって。
つらいなぁ。悲しくて悲しくて、たまらんよ。
こんなに元気なのになぜ殺さなきゃならん。
牛さんと一緒に、俺も一緒に、埋めてくれ。
どうしてこんなことになったんだ。
【衆議院本会議】宮崎県畜産農家の心の叫びを聞いて
民主党議員は声を上げて笑った。そして発した言葉は
「金が欲しいのか」 「勝手に言ってろ」
記者は耳を疑った
衆議院本会議 YouTube
宮崎選出 江藤拓議員の代表質問に民主党議員からものすごい数の野次が飛んだ。
詳細はYouTube
[口蹄疫 江藤拓 やまと新聞]検索
2010.5.20【口蹄疫問題】江藤拓議員その1その2
農家はかわいい我が子の様に育てて来たんだ。なぜこんなことに・・・
この親子の子供は「安平」の子供だそうです。
親子仲良しですね。
お母さんが、子牛の顔を鼻先でナデナデして子牛も気持ち良さそうですね。
この子牛ちゃんは5月25日に産まれた「忠富士」の仔です。
こんな事になるなんて・・・
長い間畜産に携わり高齢となった
父は「今回が見届けられる最後の出産になる」と言って、
子牛の誕生を見守った。元気に産まれたのは宮崎が誇る「忠富士」の子供。
子牛は産まれてから2週間は母親から引き継ぐ抗体で病気にはかからない。
抗体がある間に移動させたかった。
守ってやりたかった。ごめんね。ほんとうにごめんね。
「忠富士」「安平」が
口蹄疫が蔓延する宮崎県で22日、種牛のエース「忠富士」
に感染が確認され、殺処分された。忠富士を生み、育てた宮崎市の畜産農家、
川越忠次さん(52)は声を詰まらせ、
「人間で言えば30代前後の働き盛り。これからが楽しみだったのに……。
何とか生き延びてほしかった」02年6月22日に「忠富士」は生まれた。
「足の節が太くて。えらい大きな牛が生まれた」と家族で喜んだ。
「忠富士」はスーパー種牛「安平」の孫に当たり、川越さん方で生後8カ月まで生育。
その後、宮崎県畜産試験場から県家畜改良事業団とエリート街道を歩み07年1月
、宮崎牛ブランドの種牛に認定された。川越さんは4月9日まだ元気な「忠富士」に
「おい、元気でやってるか」と頭をなでたのが最後だった。22日にテレビのニュースで
避難中の種牛のうち1頭の感染疑いを知った。それが「忠富士」と知って絶句した。
宮崎県は31日、県家畜改良事業団(同県高鍋町)で飼育中、
口蹄疫の症状が出た1頭を含む種牛49頭を殺処分したと発表した。
この中には、伝説のスーパー種牛「安平(やすひら)」もいた。
宮崎の種雄牛がなぜ大切なのか?
日本全国のブランド牛の代表的な物に松阪牛があるが、
この松阪牛は2009年度の44%が宮崎県産の子牛である。
ブランド牛は宮崎県の繁殖牛農家で産まれ、
その後三重県松阪地方などの肥育農家で育成される。
育った期間が最も長い地域名を表示できるため、
松阪牛や佐賀牛など様々なブランド牛となる。
関係者は「宮崎産の子牛がいなくなれば当然、松阪牛の品質にも影響が出る。
他の産地を探すにしても宮崎のような信頼度がある産地はなかなかない」と語った。
宮崎県では1960年代から大柄で肉質の良い牛への本格的な改良がスタートした。
2007年には貴重な種牛の冷凍精液入り容器が143本盗まれるなど、
宮崎牛のブランド価値は40年の年月の末に最高レベルにまで高まっていた。
種牛の育成には気の遠くなるような努力が必要であり、
これまでに種牛と認定された牛はおよそ100頭ほどである。
参考までに2008年度に宮崎県の県外に出荷された子牛は、計2万9千頭。
出荷先は佐賀県(2784頭)三重県(2695頭)熊本県(2513頭)の順となっており、
それぞれの土地で佐賀牛や松阪牛として育てられる。
ワクチン接種の牛・豚は全て殺処分『涙も枯れた』
[一頭の牛も豚もいなくなってしまう。涙は枯れた。]
ワクチン摂取(←正しくは“接種”)の翌日、尾鈴農協を訪れるといつもなら
「拓さん!おはよう!」と元気な声を聞けるのに、この日に限っては重たい
空気が溢れかえっていた。
「拓さん。。。俺達の今までの血と汗と涙。この努力はムダだったのか?」
朝から夜遅くまで畜舎の掃除・消毒作業に明け暮れた一月あまり。
この努力も虚しく、最終手段のワクチン接種が始まったからだ。
*(ワクチンを接種すると全て殺処分となる)
「確かに尾鈴からは一頭の牛も豚もいなくなってしまう。受け入れなくてはならない。
この悔しさを力に変えて再建の原動力にしなくてどうする!」
蔓延を食い止められなかった悔しさ・ワクチンになってしまった悔しさ。
誰もが大泣きをした。この悔しさは現地で頑張った人間にしか分からない。
精も根も尽き果てた。今更政府を批判しても仕方がない。
農家の人間模様は、今日まで仲良かった人達が口もきかなくなったり色々な意味で地獄。
苦しい哀しい場面がたくさんあった。人の心・人との信頼関係・コミュニティもズタズタ
心の傷が癒えるのは果たしていつになるのだろうか?
国が有り余るほどのお金をあげたとしても、どの程度再起してくれるのか分からない。
「こんなつらい思いをしなきゃならないなら、畜産から手を引く」そんな声も上がっている。
ポンと背中を押したら崖から落ちていくかのように、みんながギリギリの状態だ。
夜になると電話もかかってくる。泣きながら話す。一時間が過ぎていく。
何も言うことはできないが「うん。うん。」とただ話しを聞く。
これも政治家の役目の一つだ。人としての暖かさがない赤松大臣には、
もう何も求めるものはない。諦めました。涙は枯れた。とっくの昔に枯れ果てた。
毎日報告を受けるとドーンと落ち込んだり、それこそ種雄牛に出たときは声を上げて泣いた。
でも今になったら新しい報告があっても驚きもしなくなってしまった。
休戦協定を結んで取り組んで欲しかった。与党には参考にもしてもらえなかったようだ。
「野党はつらい。今程野党がつらいと思うことはない。つらくてつらくてたまらん。
権力が欲しいんじゃない。
野党の限界を今回思い知らされた」誠意を尽くせば国は動いてくれると思ったが。。。
救いがないね
他、口蹄疫の主だった事例として日本での10年前の発生、海外の例として台湾とイギリスが載っています








このデジログへのコメント
コメントを書く