- 名前
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- もう海外在住29年、定年もそろそろ始まり、人生のソフト・ランディング、心に浮かぶこと...
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咲いた咲いたチューリップの花が、、、、
2008年04月18日 20:30
電車に乗っていて花畑の辺りを通ったときに例年ならそれこそ花の絨毯を敷いたような、、、と例えられるカラフルなはずの球根畑をみると今年はまだほとんど絨毯はなく、咲き始めの形もない。
寒いのだ、妙なことに。 例年になく暖かい冬だったのにここのところ平均以下の天気が続き、咲くはずのシクラメン、パンジーに加えて様々な種類のチューリップにお呼びがかからずこの始末だ。
ニュースでは地球温暖化の影響でスカンジナビア3国に雪が今も積もっていて例年なら新芽を求めてやってくるトナカイが雪深く埋まった新芽までその長い鼻を持つ首を届かせることも出来なく、餓死する家畜、とりわけ若いトナカイに餓死が多く出てきていてこのままでは伝統のトナカイ放牧もたち切れになってしまう危険も大いにあるそうだ。 それに大雪が根雪になって家畜を困らせる大きな理由は地球温暖化で、温まった空気、水蒸気がこの辺り、北極圏あたりに大雪を降らせたためらしい。
今日毎週のスーパーでの買い物をしたついでに台所の日当たりのいい窓枠のところに水を入れて置いておけば大根菜が1週間の内に生えてきてそのうちサラダや色々なものとして使えるエコに優しい家庭菜園という組み立て物を買った。
他の今日のニュースではオリンピックの聖火リレーがインドのデリーで行われ、その様子は各国でのこの度の一連の不祥事続きに輪をかけたものだった。 チベットに自由をとまともなデモをする人々を恐れ一般人が誰も近づけないほんの数キロメートルの所をメディアだけに見せるような、お粗末なものだった。 しかし、それもこれも元はといえば、現在の北京政府が行ってきた圧制、例えば言論統制、人権、信教の自由に対しての反発が、スポーツと政治は関係ない、ということを能天気に言っているとこのような事態になるという、平和の祭典を主催する国として資格を問われているのにもかかわらず中途半端なオリンピックをめぐる国際委員会と主催国の態度が問われているのだ。
日本では長野の善光寺が混乱を避けるため出発地を辞退するという風に報道されていたがこれははなはだ日本的な腰砕け的コメントだ。 辞退する、仏教寺院とチベットの僧侶に連帯を示すとコメントすれば仏教世界に声が発信できるものの、これではなんとも情けないことだ。 もっとも日本の仏教には第二次世界大戦時に政府と結託して兵士を死地に送り出したという暗い過去をもつ歴史もあり、現在の日本仏教界に国際連帯の意識を求めるのはバカでお門違いなのだろうか。 というのは、わたしが日常前を通るオランダの曹洞宗の禅寺のまえには「オランダ被占領1940-1945、チベット被占領1958-2008」というポスターが大きく貼られそれに抗議するメッセージが示されているからだ。 平和ボケといわれる国の坊主達は自分の尻に火が点いているという想像力もないほどボケているのだろうかそれとも知っていながら知らないそぶりで言い訳をするのだろうか、どちらにしても尊敬される坊主の態度ではない。 銭勘定と色に狂う坊主達を多く知っているがそれが全てだとは思いたくはないのだが、、、、、。
色に狂う、特に子供達を長年性的に虐げてきたアメリカの多くの牧師たちが多かった地区を避けて今のローマ教皇が訪米中、ブッシュと並んで映っていたがここでもキリスト教坊主の失態を金で解決して終わり、という方法のようだとニュースのコメントがあった。
やれやれ、咲いた咲いたチューリップの花が、並んだ、並んだ、赤白黄色、、、と歌われるかと思うほど様々な花に彩られた聖火の通る沿道なのだが肝心の沿道の人垣がなければこれでは陽気に自由で圧迫のないスポーツの遊びの精神からは程遠い、圧制者に媚びる絵空事でしかない。









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