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比丘尼(びくに)

2017年01月24日 05:44

比丘尼(びくに)

尼僧スタイルで春を売る

 江戸時代、尼僧の姿をして春を売っていた女性たちがいた。尼僧のことを比丘尼ともいう。比丘尼の本来の意味は出家した女性のことだが、彼女たちはたんに尼僧の姿をしているだけで、べつに出家していたわけではない。頭を丸め、黒い頭巾をかぶり、尼僧スタイルをしていたことから比丘尼と呼ばれた。もっとも、その春を売った比丘尼(びくに)比丘尼は本物の尼僧だった。 中世のころから、紀州熊野神社の午王宝院(ごおうほういん)(厄除けの護符)を尼僧が諸国で売り歩いていた。その尼僧のことを熊野比丘尼(あるいは勧進比丘尼)ともいい、江戸時代になると彼女たちはそれをたんに頒布するだけでなく、人を集めるために歌をうたったりし、歌比丘尼と呼ばれた。そしてやがて身を売るようになる。 これが比丘尼の私娼化の始まりである。男たちにもてはやされたことから、尼僧の姿で売春する女性たちができた。 彼女たちは、はじめは山の手の屋敷町や寺院などを歩き回り下級武士僧侶を客としていたが、のちに中宿(出張所、比丘尼宿)ができ、そこで客待ちをし、あるいはそこからきゃくのもとに出かけた。 比丘尼の多くは神田多町の住み、中宿はの本橋、京橋赤坂などにあった。彼女たちは神田あたりの住家から毎朝8~10時ごろまでに中宿の出張し、夕方4時ころになると自宅へ帰った。 売れっ子の比丘尼などは、中宿へ出るとき、吉原の太夫が禿(かむろ)を連れて道中するように、2人の小比丘尼を従えて行った。

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