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煙草の煙
2011年02月06日 09:51
久しぶりにエッセーです。
彼女の、愛のゆくえ
私の知らない彼の世界
これから久住と会ってしまったら、全てを与えてしまいそうな予感がする…
電車の窓に久住の面影が浮かび上がる。
彼の端正な顔と仕草を思い出すたびに胸が苦しくなる。
車内に目を泳がせると、車両の一番端に、
紅茶のインストラクター養成教室で一緒の酒井ナツミが、
連れのアジア系のハンサムな男性に悲しげに微笑んでいた。
彼女は私と同じヘアパフュームをつけている。
待ち合わせのバーのカウンターで、久住はストレートグラスを傾けていた。
ブランデーの甘い香りが私を包み込んだ。
「何を飲む?」
上目使いの目はアンニュイだった。
憂いのある瞳が鈍く輝いていた。
オーダーを決めかねていると久住が注文してくれた。
「ラッフルズホテル風のシンガポールスリング」。
ボーイが去ってから、私は訊ねた。
「ラッフルズホテル風って何?」
「シンガポールにある有名なホテルのバーのカクテル。
世界の富豪や作家が宿泊したところだ」
「久住さんも泊まったことがあるの?」
「……まあね」
虚空を見つめる久住が、どこか遠い国の住人のような気がして、
ふと寂しくなった。
私の知らないところで、久住の時間が流れている。
35年もの月日を経て目の前の愛する男はとても魅力的だ。
そんな彼に私はふさわしい女なのだろうか。
「どうしたの?黙ってしまって」
「私、あなたに嫉妬している。
だって私の知らない世界が、あなたにはちゃんとあるもの」
甘えたくても甘えられなかったこれまでのことが、一度に吹き出た。
嫌われるかもしれないと思った。
「さっき羽田で」
と、久住は傾けていたグラスをカウンターに置いた。
「亡くなったという知らせがあったんだ、
僕の仲人。明後日通夜で、明々後日お葬式だ。
僕達のことをちゃんと考える時期がきたと思った」。
久住はそっと私を抱きしめて、唇を重ねてきた。
いつもの包み込むようなキスではなく、
深いところまで熱くさせるほど、ほとばしっていた。
「君を裏切りたくないんだ。嘘をつくと苦しくなる。だからちゃんとするよ」
私は思わず彼を抱きしめた。
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いとおしさがこみあげてきて
赤坂の外れにあるラブホテルへ、久住は連れて行ってくれた。
そこは日本庭園のある瀟洒な旅館風のラブホテルで、
床の間には生花が生けられていた。
羽毛布団が敷かれ、きちんと畳まれている浴衣が
木造りの箱にちょこんと乗っていた。
久住の指先の動きは優雅で、体の隅々まで奏でた。
私は何度も声をあげ、そのたびに感じ、
そして切なくなるほど甘く激しく、クライマックスを迎えた。
甘美な快楽が体の中に残っている。
愛されているという幸せ。甘い陶酔は永遠に…
ふと、煙草の匂いが漂ってきた。
目を開くと、浴衣を脱ぎ散らかして裸体の久住が腹ばいで煙草を吸っていた。煙をくゆらして、ぼんやりとしていた。
「ゴメン、起こしたかな」
久住は私の頭を軽く撫でた。
嬉しくなって私は彼に抱きついた。
彼の裸の背中は少しひんやりとした。
彼は勘違いして「もうできないよ」
とそっぽを向いた。
いとおしさがこみあげてきて、今度は私がそっと彼の頭を撫でた。
夜明けはもうすぐだった。
翌朝ホテルを出て、私達は近くのカフェに入った。
久住が電話をかけるために席を立ったすぐ後で、
注文したロイヤルミルクティーが運ばれた。
イギリス製のアンテークな陶器から香りたつティーを
スプーンでかきまぜているうちに、ある決意が芽生えてきた。
戻ってきた久住はテーブルの向かいでにこやかに微笑んでいる。
久住の瞳を見つめた。
「あなたは私達の事をちゃんと考えるといってくれた。だから私も考えてみたの」
私は水族館でミノルから誘われたスイーツと
紅茶の新しいスタイルのカフェビジネスに参加すると伝えた。
「愛だけでなく自立もしたいの。
自分でちゃんと立てたら、
あなたのことをもっと深く愛せるような気がするの」
驚いた久住の目の下の隈が、朝の光で際立った。
彼の隈すらいとおしくて、私は久住の手を両手でそっと握り締めた。
彼の唇が少し動いた。
それからどうなりましたでしょう
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