- 名前
- 将太朗
- 性別
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- 年齢
- 47歳
- 住所
- 新潟
- 自己紹介
- 裏は基本的に人間の裏面(心の問題や欲望)を メインテーマにしてます。 基本的には物思...
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命のお話
2010年06月21日 01:37
突然ですが、質問です。
人は誰かに生かされている、って
日ごろの生活で実感できるものでしょうか?
残念ながら極限状態にならない限り、
命の大切さを切実に感じる事は
出来ないでしょう。
例えばよく言われる話。
お前の無駄に過ごした一日は
誰かが生きたかった一日である。
一応私も頑張って生き抜いて、
仕事をして、楽しい事や悲しい事、
辛い事や腹立ったことを糧にして
明日を生きようと思っているんですけどね。
明日があるって事は
すごくうれしい事なんです。
さて表ログで激怒した
新潟市水族館マリンピア日本海の
その後のお話。
大水槽に魚がいない期間は無料、
というだけで7500人も
お客様が入ったそうです。
何だかな~。
そんな情けない話はさておいて、
知ってる人は知ってると思いますが、
感動的な話が出てきました。
開館以来、20年間ここの水族館で生きていた
長老であるエイがおりました。
今回の馬鹿な飼育員の不注意による
大量虐殺事件の際、このエイも
死んでしまったのですが、
いまわの際に5匹の子エイを産み落としました。
慌ててダイバー達がその子達を
救い上げて助けたのですが、
母親のアカエイはそのまま帰らぬ人(?)と
なってしまったそうです。
死ぬ間際に子どもを残すってすごいですよね。
まさしく自分が生きられない人生を
子どもに託した瞬間でもあります。
ふと思ったんですが、
命ってそういうものなのかも知れません。
親が子どもに愛情を注ぎ、
共に喜び、悲しみ、怒り、時間を共有するのは
きっと自分の生き様を
子どもに伝えたいから。
子どもは親を必ず見て育ちます。
良い所、悪いところ、
尊敬するところ、嫌だと思うところ。
必ず見つめます。
だからこそ命が次代に繋がらなかった時、
とても悲しく思うのです。
今回の大量死はどうでしょう。
生きたかった命がまさにそこで断絶させられた
瞬間です。
だからといって
私は不注意で死なせてしまった飼育員を
とがめる事は出来ません。
私だって知らないうちに何かを殺してしまって
いるのかも知れないですから。
誰かを傷つけ、喜ばせ、感動させ、怒らせ、
悲しませるのは
生きていく上では仕方がないこと。
故意に悪い事をするのでなければ
しょうがありません。
命ある限り生きなければならないのだから。
だけど罪の意識は持ち続けてもらいたい。
今回の飼育員には
死んでしまった魚以上に
新たな命をはぐくんで欲しいし、
よりいっそう大切にして欲しい。
そうして新たな人にその経験を伝えて欲しい。
それが生きると言う事。
人は一人ではないのです。
誰かに生かされている、ってのはそういう事。
口蹄疫で殺されゆく牛や豚達。
病気で明日の命も分からない人たち。
どちらも同じ。
私に出来る事は多分
今日を生き抜いて、助け合えた事に
感謝する事だけでしょうかね。
命って本当にすごいですね。
失ってから気付かされました。
この場を借りて
親や兄弟、親友、恋人に感謝したいと
思います。
あっ、もちろんフレンドさんにもね。
いつも読んでくれてありがとう!
ではまた。
このウラログへのコメント
お肉やお魚を食べるときは
心から「いただきます」と言いたいです
> さゆりさん
命を頂いているわけですからね。感謝の気持ち大事ですわ。
コメありがとうございます。
> まぁぶるさん
コメ遅くなりました。
最後の言葉、ってすごい重いですよね、
本当に、生きていられるって幸せです。本当にそれしか言えない…。
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