顔射考

エンドウさんの肩書きは学生です。
しかし、数日後にまで迫った卒業式を待つばかりなので、講義を受けることはもうありません。研究室を訪れて教授と討論を交わすようなこともありません。
では、空いた時間をアルバイトに充てているかというと、そういうわけでもありません。数日前に諸事情により長年務めたアルバイト先を退職したので、働いてもいないわ勉強もしていないわという状態なんですよ。
次なるステップとして医療関係(歯医者以外)の職場での求人を当たっていますが、なかなか結果が出ないので、実に宙ぶらりんな生活を送っております。

講義が、あるいはアルバイトがあったときでは考えられないような時間の余りようです。
読書をしてもよかったし、プラモデルを組んでもよかったでしょう。あるいは久しぶりの固まった余暇なので、骨休めとして無為な時間を過ごしてもよかったかもしれません。
しかし、エンドウさんは部屋の掃除をすることにしました。
物が多すぎてまともに掃除機をかけられませんし、散乱したＣＤケースを踏んでしまってばきっと嫌な音を立てることもあるからです
「これはいかん」ということで昨日から部屋の掃除を始めました。

いろいろなところをひっくり返して改めて思ったのは、いらないものが多すぎるということです。小学生時代の用具や製作物なんて残しておいても仕方がありません。後年になって感傷に浸ることがあるかもしれませんが、不確かな躊躇である上に部屋のスペースは限られているので、思い出だけを残して捨てるべきです。
若干の懐かしさを浮かべて幼き頃の品々を整理していると、ことごとく名前が書いてあることに気がつきます。体操服やかばんといった大きいものなら話はわかりますが、鉛筆の一本一本にまで名前が書いてあるのは、今だからこそあきれてしまいます。
大人の観点から見れば、あれにもこれにも名前を書くというのはやりすぎの感があります。しかし、子どもに自分のものは自分で管理するという常識を習わせるには適切な方法なのでしょう。また、自分の持ち物と他人のそれとが認識できるようになって初めて、貸し借りという行為ができるのだと思います。

名前を書くというのは、動物で言うところのマーキングに相当するのではないでしょうか。
特定の場所に尿をひっかけたり、爪で印をつけたりするアレです。
家の中でやられるととんでもなく迷惑な行為でしょうが、動物にとっては自分の縄張りを主張することなので、本能があればあるほど欠かせません
また、尿の臭いや高さ、引っかき傷の大きさなどにより、それを行った動物の強さを予測することができるそうです。相手が自分より強いと踏んだならば見送り、弱そうならマーキングの上書きをして縄張り宣言もとい挑戦状を送るとか。
マーキングとは要するに所有権の主張ですが、これは動物としての本能が弱まっている人間にも細々と受け継がれていると思うのです。先述した名前を書くということではなく、セックス時のとある行動に現れていると思えて仕方がありません。
何かというと、顔射です。

顔射とは男性がオルガスムスを迎える際に女性の顔面へと射精をすること指します。
どうも顔面シャワーの略称であるという話が有力であり、射は単なる当て字のようです。しかし、精液はシャワーと呼べるほどの量が出ませんので、顔面射精の略称と考えたほうが適当だと思うのですが。
いつごろから用いられる手法になったのかは定かではありませんが、AVにおいては定番と言える締めくくりです。男性の観点から言えば、精液にまみれた女性の顔やかけられたものを舐め取ろうとする行為は扇情的であります。
なぜわざわざ顔に射精をするかといえば、そのほうが視覚的に訴えるものがあるからに他なりません。中出しという演出は別として、膣内で果てるよりもはるかにエロティックな余韻を残すものが顔射です。また、膣外射精をすることにより幾分か妊娠の可能性を下げる狙いもあるそうですが、あまり大きな目的ではないでしょう。

エンドウさんは経験がありませんが、フィニッシュ時に顔射をするという話は耳にします。
AVはエンターテイメントなので演出上必要なことであるのはわかりますが、普通のカップルがわざわざ真似をする必要性はありません。まあ、AVは半ばセックスの教科書と化していますので、それに倣ってしまっているだけなのかも知れませんけれど。
しかし、模倣するということはどこか共感する部分があるということです。
ここで顔射とは男性にとってのマーキングではないだろうかと考えると、非常に合点がいくのです。セックス自体が支配欲を満たすものでありますが、よりいっそうの充足感を得るために自分の精液を相手にかけるのだとすれば行動原理として理解できます。
ただ、女性はものではありません。
意識や愛情の有無に関わらず、ひとりの人間にマーキングをして所有を気取るとは、実に相手をバカにした行為ではありませんか。

まだ終わっていませんが、掃除をすることによって少しばかり部屋がすっきりしました。
一区切りつけたエンドウさんは下半身もすっきりさせようとオナニーを始めました。
何が悪かったといえば、数日間処理をしないで溜め込んでいたことでしょう。また、前かがみの姿勢も良くなかった。
不意にこみ上げた射精感は制止の声を聞かず、受け止めるティッシュを待たずに勢いよく飛び出した精液は見事に顔にかかりました。目に入った精液のしみることしみること。
泣く泣く顔を拭いながら、「やっぱり顔射はいかん」と思ったのでした。