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私は幾つになったら

2020年10月01日 20:33

私は幾つになったら

ほんの短い期間ではあったけれどマンションなどのベランダに設置されている手すりを作っているメーカーで働いていたことがある。
メーカーと言っても三協立山などのような大手では無く、数名の従業員しかいないので営業から組み立てから施工まで何から何まで自分達でこなさなければならない弱小零細メーカーだった。
ものづくり」という仕事に関わってみたくて、意を決して知人が務めていた会社にアルバイトで入ってみた。

飛び込んでみたはいいものの、何一ついい事は無く最後まで何のやり甲斐も見出せなかった。
同族経営だったからどれだけ頑張ったところで将来的に報われる事は無いであろう事は容易に想像できたので、社長の家族では無い一般の従業員モチベーションは地の底まで落ち誰一人笑顔も無く社屋の空気は常に暗く淀んでいた。
価格でしか大手の下を潜れる要素が無い故に値切られ倒してやっと取ってきた物件も、工務のルーティンが確立されていない会社だったので常に納期は遅れ、現場の監督達からクソミソに貶されながら、猫の額程の面積と時代遅れの機械しかない侘しい工場徹夜して組み立ててはボロボロトラックに積み込んで命綱を頼りにベランダに施工する毎日。

「どんな試練に耐えようとも置かれた場所で咲く花でありたい」というのが私の座右の銘だったからそれでも日々奮闘し、過去の仕事で培った拙い知識と経験を武器に精一杯頑張って働いた。
僅かな利益を切り盛りしてプールしてきた工場拡張と人材確保及び育成の為の資金を、先物取引で巨額の負債を抱えた副社長である息子の返済に充てた事によりあっけなく会社は倒産した。
なんとか会社を立て直したいからもう一度だけ一緒に頑張ってほしいと懇願する社長奥さんの足元に血と汗が染み込んだ制服を叩きつけて、生来のお人好し故に彼らの方をそれでも振り返ろうとしてしまいそうになる自分を呪いながら私は去った。
その後社長息子は消息がわからなくなり、奥さんは自ら命を絶ったと、しばらくしてから元同僚から聞かされた。

関わった全ての物件が辛い事ばかりだったけど、中でも群を抜いて生き地獄だった現場があった。
それは都心から少し外れた場所に位置するタワーマンションだった。
比較的小~中規模の物件が主だったので会社創業以来初めてのタワーマンション物件だった事もあり、降り注ぐ困難は苛烈を極めた。

主治医見解している病気の発生時期と一致するのでその物件ストレスで病を患ったのかなと今になっては思える。
そもそも高所恐怖症気味の私が地上200mで手すりの取り付けなどやってる時点でそりゃ胃に穴も開くだろうさという話ではあるんだけど。

会社を去ってもう長らく経つのでそんな現場の事もすっかり忘れていたけど、たまたまその街に訪れる機会があったので何の気なしに立ち寄ってみた。
あの地獄他人事のように思えるのならそれはそれでいい思い出に変わるんじゃないかと軽率に思った私を叩きのめすが如く、到着した瞬間に雪崩のように襲い掛かってきた嫌な記憶に激しい眩暈がして思わず顔を伏せてしまった。
なんて馬鹿で無駄な事をしたんだろうか。

口に飛び込んできた虫を意図せず噛み潰してしまったような苦い気分で、全然眩暈も治まらないままゆっくり顔を上げた時、その部屋に住むご夫婦なのであろうか、私が取り付けたベランダの手すりに肘をついている初老女性と、その傍らで恐らくお孫さんであろう幼い子供を抱いた同じく初老の男性が穏やかな面持ちで遠くを眺めているのが目に入った。
時間にして数秒間だろうか、視界から外す事が出来ずに見つめた後、何故か私はそのご夫婦に向かって頭を深く下げていた。

行動というのは目から入ってきた情報を基に、脳が情報を処理して必要な指令を必要な器官に伝達する、というのが本当なのかどうか、どこかで見たのであろう知識でしか認識してなかったけど、脳が指令を伝達した感覚が全くないままだったので、何故今自分が頭を下げているのか理解が出来なくて呼吸が苦しくなった。
その内これもまた脳が指令を伝達した感覚が全くないまま滝のように涙が溢れてきた。
流れ落ちる涙が描く足元のコンクリートの染みを見つめながら、苦節の日々を頑張っていたあの頃の自分を労って頭を下げているのか、期待に応えて会社を守る力が足らなかった自分への断罪の念を持って頭を下げているのか、下げている間ずっと下げている理由に思いを巡らせてみたけど全く答えが出なかった。

ただ、ようやくゆっくりと自我を取り戻して頭を上げた時、何かに対する感謝から私はは頭を下げていたんだと思った。
何がしか根拠が見つかった訳ではないけれど疑う余地もなく何故かそう思った。
でも何に感謝してあの時頭を下げたのかは改めて深く考えてみてもやはり全く答えは出ないままだ。
あの頃の日々をどうポジティブに変換しても感謝するような事は何一つ見つからない。

それなりに年月と経験を重ねて歳相応に器用に生きているつもりでいたけれど、感情のコントロールが出来ない事態が突然起こるというのは困ったものだ。

私は幾つになったら器用に生きられる人間になれるんだろう。

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