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鴻上尚史の人生相談

2019年05月07日 00:48

定年退職嘱託を経て、今年から本格的に隠居生活に入ったという66歳の男性。兄弟からも妻からもつれなくされ、途方にくれる相談者に、鴻上尚史がおくった第二の人生を生きるヒントは「無意識に自分の価値観をおしつけない」こと。

 定年退職嘱託を経て、今年から本格的に隠居生活に入った66歳です。隠居したら、今まであまり会っていなかった弟たち(弟が2人と妹が1人います)とも食事をしたり、妻とも旅行をしたり、のんびりしようと考えていました。 しかし、いざ弟たちに連絡しても忙しいからと何度も断られました。ちょっとおかしいと思い、妹に連絡したら「お兄さん、気づいてないの? みんなお兄さんが煙たくて、距離とっているんだよ」と。寝耳に水でした。妹によれば、私が長男で母から優遇されすぎたし、弟たちの学歴や会社をバカにしてたのが態度に出すぎてた、というのです。たしかに私は兄弟のなかでも学歴も会社も一番上で、母の自慢でした。弟たちをみて、不甲斐ないと思ったこともありましたが、それは私が努力したからです。弟たちにとって私は自慢の兄だろうと思ってきました。弟たちの不甲斐なさをちょっとからかったこともありましたが、兄弟のことです。

 思い切って弟に直接電話してたしかめると「姉ちゃんに聞いたんならわかるだろう。兄貴と呑んでもえばった上司と話しているみたいで酔えんから」とつれない返事でした。結局、妻も「旅行は友達と行ったほうが楽しいから」と私と行こうとはしてくれません。

 弟たちの僻みも、家族のためにと頑張って出世して養ってきた私に薄情な妻にも、許せないという気持ちでいっときは怒りでいっぱいになりました。妻が外出しようとしたとき、「食事ぐらい作ってからいけ」と怒鳴ってしまったこともあります。後悔して自己嫌悪になりましたが、後の始末です。妻とはさらに距離ができてしまいました。
誰にも言えませんが、最近、風呂に入っていると涙が出てきます。弟たちのことだけでなく、振り返ればとくに心を割って話せる友人もいないことに今さら気づきました。
どうやってこの後の人生を過ごしていいか、お恥ずかしいですが、孤独で、寂しくてたまりません。
 いまさら、私はこれからのありあまる時間を、どうしたらいいのでしょうか。どうしたら、弟たちと仲良くできるのでしょうか。楽しい人づきあいのコツはなんなのか全くわかりません。解決法が浮かばず、途方に暮れています。

【鴻上さんの答え】
 有閑人さん。よく、相談してくれました。立派な学歴と優良な会社に勤めた有閑人さんにとって、自分が弟・妹・妻にうとんじられている、ということを認め、お風呂で泣いていることを告白するのは、とても勇気がいったでしょう。
先月、親身に相談に乗っているつもりだった友人から、「いつも上から目線だった」と言われて、絶交されて落ち込んでいる女性の相談に答えました。
自分では世話好きだと思っている女性には、じつはありがちなことだと思っています。相手のことを思っているつもりで、自分の考えを無意識に押しつけている場合です。

 そして、男性は、有閑人さんのケースが多いと思っています。

 女性のようにあれこれと世話をするのではなく、「もっとガンバレ」と説教・激励・指導するパターンです。

 勝ち組とまで言わなくても、自分がちゃんとやってきたとそれなりの自信を持っている男性に、この傾向が強いです(女性の場合は、じつは、自分に自信のない人の方が自分の意見を押しつける傾向が強くなると、僕は思っています)。
もちろん、自分はよかれと思ってアドバイスします。女性の場合は、あれこれと相談に乗ったり、色々と世話をしますが、男性の場合は、ただ教訓を語ったり、アドバイスしたり、説教するだけの場合が多いです。だいたいは、ふがいないと怒ったり、強く注意するのです。
根拠は、「自分はちゃんとやってきた」ということですね。自分がちゃんとできたんだから、あなたもしなさい。自分はがんばって努力したから、あなたも努力しなさい。きっとできるはずだ、それができないのは、あなたの努力が足らないからだ、という思考の流れです。

 でもね、有閑人さん。がんばってもできないことはたくさんあるのです。

 僕は小学校から、跳び箱とマット運動、鉄棒が苦手でした。「蹴上がり」という鉄棒の技が、体育の課題に出て、三週間ほど放課後、毎日練習しました。奇跡的に何回か成功しましたが、体育のテストの時はできませんでした。
体育の先生は「努力が足らない」と怒りましたが、僕は毎日、1時間は鉄棒にしがみついていました。
蹴上がり」を楽々と成功させたクラスメイトは、まったく練習なんてしていませんでした。ただ、生来の運動能力の高さとクラブ活動で鍛えた筋肉が、なんの努力もしないで「蹴上がり」を成功させたのです。
人間には向き、不向きがあって、僕はいまだに数字の計算が苦手で、でも本を読んだり文章を書いたりするのは大好きです。

 有閑人さんは、「努力していい大学に行くこと」「立派な会社に勤めること」「仕事で結果を出すこと」という価値観で生きてきたのでしょう。そして、その価値観から見て、「努力してない人」「ふがいない人」「能力の足らない人」にアドバイスをしたくてたまらなくなるのだと思います
、有閑人さんの餌のつけ方、竿の振り方、リールの巻き上げ方などに対して、いちいち、注意し続けたとしたらどうですか? 楽しいですか?
間違いなく、「自分はなんのために、兄と一緒に釣りをしてるんだろう」と疑問に思うんじゃないでしょうか?
そこで、兄が有閑人さんの釣りの腕をバカにした後、有閑人さんのように「弟たちの不甲斐なさをちょっとからかったこともありましたが、兄弟のことです」と言ったとしたら、納得しますか? 兄弟だから、ということで許されるとは思わないと感じませんか?

何度か会って「今まで、偉そうにして本当にすまなかった」とか「お前たちを見下したような言い方をして反省している」と言っても、相手はちゃんと受け止めてくれないと思います。

 僕のアドバイスは、「まずは、対等な人間関係学習しませんか?」ということです。

 弟・妹さんと仲良くすることは、いったん、あきらめて、他に人間関係を作るのです。見下すことも、見下されることもない関係の先に、有閑人さんが求める「心を割って話せる友人」が生まれる可能性があるのです。

 友人探しには、インターネットに感謝しましょう。趣味のサークルや地域のボランティアサークルが簡単に見つかるはずです。
 思い切って、そこに飛び込むのです。
僕に「お風呂の中で泣いている」という勇気ある告白をした有閑人さんですから、できるはずです。
 何でもいいのです。興味はあとからついて来るはずです。釣りでも絵画でも社交ダンスでも山登りでもボランティアでも演劇でも読書クラブでも。
ただし、そこで有閑人さんは、「だらしない人」「努力しない人」「ふがいない人」と間違いなく出会います。

 有閑人さんは、アドバイスしたくてムズムズするはずです。「どうして周りの人は言わないんだろう」「ちょっと努力するだけで、ずいぶん変わるのに」と。

 でも、決して自分からは、相手にアドバイスしないこと。

「それがこの人の生き方なんだ」と思って、言葉をぐっとのみ込むこと。そこで、「あなたはこういう点がダメで~」と言い始めたら、間違いなく弟・妹さんと同じ関係になります。
「だらしない人」「努力しない人」というのは、有閑人さんからの見方でしかない、自分の価値観でしかない、それを他人に押しつけてはいけないと、肝に銘じましょう。

「業界の最大ではなく最高を目指す」が目標という会社があります。最大は数字ですから基準は明確ですが、最高は、人によって違うでしょう。本人が何を最高と思うかは、まったく違うと魂にまで刻み込んで下さい。そうすれば、簡単に「もっと努力しなさい」と言えないと思います。
奥さんとは、慎重に会話しながら、「無意識に自分の価値観を押しつけてないか」とチェックしてみて下さい。

「家族のためにと頑張って出世して養ってきた」という意識が、奥さんに対しての上から目線になります。これは、有閑人さんからの見方ですからね。

 奥さんは、必死で有閑人さんを支えてきたのかもしれません。でも、有閑人さんが、それを当然のこととし、自分が「養ってきた」と思っていると感じたら、やはり、弟・妹さんと同じように、一緒にいたくないと思うでしょう。

 ちょうど、釣りがものすごくうまくなっても、兄が「俺が教えた」「俺が指導した」と言い続けていたら、絶対に一緒に釣りには行きたくないのと同じです。

 でも、奥さんは、有閑人さんの変化を一番、敏感に感じます。なにせ、一緒に暮らしていますからね。

 有閑人さんが何かのサークルか集団に入り、そこで「対等な人間関係」を学び、人間の弱さやずるさ、バカさを含めて、「それが人間なんだ」と肯定的に接するようになったら、奥さんは何かを感じるはずです。

 大丈夫奥さんに怒鳴った後、ちゃんと自己嫌悪を感じる有閑人さんなら変われるはずです。


えっ? もう66歳だから、変わるには遅すぎると思う? 先月、僕が書いた「前向きになる」方法は読んでないですか?

「自分は、10年先から戻ってきたと思う」
というものです。
有閑人さんは、本当は76歳なのに、奇跡が起こったか、タイムマシン魔法か、とにかく10年、時間が戻って今、66歳になった、と考えるのです。
どうですか? 66歳を嘆く気持ちから、可能性を感じる気持ちになりませんか?
66歳は決して、遅くありません。会社という価値観を外れたことで、有閑人さんは新しい人生をスタートさせたのです。新しい価値観と出会うことは、とてもワクワクすることです。今までの価値観にしがみつかず、新しい出会いに飛び込んで下さい。対等な人間関係はものすごく楽しいですよ!

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