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火垂るの墓

2015年12月11日 20:28

野坂昭如、最期の平和へのメッセージ。それは、「サンデー毎日」(毎日新聞出版)2015年8月23日号に寄稿された文章「二度と戦争をしないことが死者への礼儀だ」であった。

 野坂昭如の代表作といえば、1967年に発表され直木賞を受賞し、88年に高畑勲によってアニメ映画化された『火垂るの墓』があげられる。この物語が彼の実体験ベースに書かれていることはよく知られている話だが、まず彼は『火垂るの墓』についてこのように綴っている。

〈ぼくは焼け野原の上をさまよった。地獄を見た。空襲ですべて失い、幼い妹を連れ逃げた先が福井戦後すぐから福井で妹が亡くなるまでの明け暮れについてを、「火垂るの墓」という30枚ほどの小説にした。空襲で家を焼かれ一家離散、生きのびた妹は、やがてぼくの腕の中で死んだ。小説はぼくの体験を下敷きにしてはいるが、自己弁護が強く、うしろめたさが残る。自分では読み返すことが出来ない。それでも戦争の悲惨さを少しでも伝えられればと思い、ぼくは書き続けてきた。文字なり喋ることだけで、何かを伝えるのは難しい。それでもやっぱりぼくは今も戦争にこだわっている〉

〈戦争は人間を無茶苦茶にしてしまう。人間を残酷にする。人間が狂う。だが人間は戦争をする。出刃包丁で殺そうが、核兵器で殺そうが同じことである。戦場で殺し合いをする兵士が、家では良き父であり、夫である。これがあたり前なのだ〉
〈戦争は人間を人間でなくす。では獣になるのか。これは獣に失礼。獣は意味のない無駄な殺し合いをしない。人間だけが戦争をするのだ。今を生きる日本人は、かつて戦争へと突き進んでいった人間たちと、どこがどう違うのか。何も変わりはしない。だからこそ戦争の虚しさを伝え続ける必要がある〉

「かつて戦争へと突き進んでいった人間たちと今を生きる日本人は何も変わらない」。この夏、我が国が「戦争のできる国」へと大きく舵を切った後に読むと、より考えさせられる言葉だ。この一文が象徴しているように、強硬なプロセスで採決された安保法制と安倍政権のやり方に対し、野坂は怒りを隠さない。



野坂氏の代表作といえばあの「火垂るの墓」。
毎年8月になるとテレビ放送されていて、何度見ても泣けてくる。
1歳4か月の妹が腕の中で餓死した壮絶なる原体験をもとにした私小説だが、
映画化された作品と実際の事実は異なることも多くて、のちに野坂氏を苦しめる。
つまり、野坂氏のモデルとなる主人公の兄ほど当時の自分は妹に優しくはなかったと・・・。
「ぼくはあんなにやさしくはなかった」とのちに何度も述懐している。
自分を哀れな戦災孤児に仕立て、妹思いの兄のように書いた嘘が、野坂氏にはのちのちまで重荷になった。
わずかな米をお粥にして妹にやる場面。
実際には、妹の分をスプーンお粥をすくう時、どうしても角度が浅くなる。
そして、自分が食べる分は底からすくう・・・。
実のあるところを食べ、妹には重湯の部分を与えていたと告白している。
妹に食べさせるつもりの食糧まで自分が食べてしまい、生後1年半の妹を死なせてしまったとずっと悔やんでいた。
『わが桎梏の碑』では、敗戦の混乱の中で衰弱死していく自分の妹を横目に自分だけ食べ、
放置し、しまいには妹の太腿にさえ食欲を感じたと書いている。
飢えた妹はよく夜泣きしたそうで、
野坂氏は泣き止ませるために頭を叩いて脳震盪を起こさせたこともあったという。
私は「火垂るの墓」は反戦とか、お涙頂戴の小説の枠には収まらない作品だと思う。
もっと根源的な原罪、人間の業を描いた作品だということ。
死と隣り合わせの壮絶な原体験がないと書けない。野坂氏でしか書けない作品。
人間はひとりで生まれて、いつかひとりで死んでゆく。
死ぬ前に一度でも、時を越え人々の心揺さぶる作品を生み出せたのなら、作家として幸せだったのではないか。
天国に行ったら思う存分大島監督と殴り合ってください。
合掌。

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