読まれない絵本

学生時代


夏休みにバイトを兼ねて市立病院へ実習に行ったんだよね


そこの小児病棟に チエちゃんっていう 三歳くらいの女の子が入院してたんだ～


病室が退屈だったんだろうね


しょっちゅう脱走してリハビリの訓練室まで遊びに来てた


かわいいパジャマ着てね


おかあさんの大きめのスリッパ履いて


パタパタ パタパタ付いて来るんだよ


面白がって ちょくちょくイジってあげてたら


そのうちに なつかれちゃってね


まいったまいった


病棟の看護師さんが捜しに来ると


泣いて嫌がってね


行こうとしないんだよね


仕方ないから 一緒に病室まで付いて行ってね


隙をみて 逃げるように戻ったことも何度かあったなぁ


雑誌の付録も よく作ったよ


付録だけ持って来て 説明の書いてある本を持ってこないから 苦労したよ






そんなこんなで夏休みも終わって


秋も深まり始める頃


市立病院まで用事で行くことがあってね


あ、そういえばチエちゃんどうしてるかな？


って 小児病棟まで行ったんだけど


チエちゃん病室にいないんだよ


顔見知りの看護師さんに尋ねたら


チエちゃん 亡くなったって…


脳腫瘍だったらしい


症状が急変して 緊急に開頭手術したけど


一度も意識を戻すことなく


眠るように 逝っちゃったらしい…


これをお兄ちゃんに読んでもらうんだって


楽しみにしていたんですよ


って看護師さんから渡された 一冊の絵本


胸に抱き締めて


夕暮れの街中を自転車で走ったんだよ


鼻の奥の方が ツーンとしてきてね


街が


道路が


ぼやけてくるんだよ


その時 思ったよ


人って こんなにも涙が出るんだって…





また遊ぼうって 約束したのに…





付録作ってあげるって 約束したのに…





絵本読んであげるって 約束したのに…





なんで行かなかったんだろう…





オレ 何やってんだろう…





後悔ばかりだった





それほど泣くってこと なかったけど


人前で泣くなんてことは 一度もなかったけど


あの時は 泣いたよ


一生分 泣いたんじゃないかってくらいね





チエちゃんの絵本


今もあるよ





一度も開いていない絵本





かなり色褪せちゃってるけど


かなりボロボロになっちゃってるけど





本棚の 一番上の 一番左で


あの時と同じように


はにかんで照れくさそうに


笑ってるよ