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憂鬱ループ

2013年06月14日 08:00

くらり。また、くらり。視界の中に見えない染みがあるみたい。
ときどき、小さな光を放つみたい。そのたびに、くらり、くらり。

夏の真ん中でひとりぼっち。光の破片がきらきら。あったかいを通り越して苦しい。
夏に恋焦がれたのは僕。冬を嫌ったのは僕。ひまわりは好きだよ。雪が降り続くのは苦手だよ。太陽が欲しいよ。
季節が巡るたびに忘れてしまって思い出せない、夏の太陽が、今はこんなに近いのに。これは僕の欲しい太陽じゃない。言ってみたら悲しかった。


夏の真ん中でひとりぼっち。だからこうやって。
僕の指先が探っているのはどこ。
そこには水が張っている? そこには雪が積もっている?
帰ろう。ねぇ、帰ろう、ねぇ。さむいところへかえろうね。つめたいところへかえろう、ねぇ。

ひまわりを丸ごと押し花にできたらいいのに。たくさん押し花にできたらいいのに。
そしたらずっと、夏なんて欲しがらないで、暖炉に火が燃えている暖かい部屋の中で、ひとつの冬だけを大切にできるよね。



「大嫌いだ」
「何がですか。ほら、りんご剥きましたよ」
「夏。僕、夏って嫌い。ねぇ、りんごすりおろしてって言ったじゃない」
「すりおろすやつ見つからないんですよ」
「探してよ。変色したやつ嫌いだから、急いでね」


あなたは嫌いなものばっかりだ。アレクセイがぼやく。
うるさいなぁ、と答えて、台所へ行くんだろうアレクセイの背中を見送った。開けっ放しの戸から、廊下へ光が降り注いでいるのが目に入る。


「まぶしい」


夏が嫌いな理由はたくさんある。冬が嫌いな理由を挙げるのが実は難しいのと同じように、確実にこれだと言える大きな理由は無いのだけれど、いくつかのものが積み重なって重たくなって、僕の気持ちは確かに嫌いの方に大きく傾いている。だから、夏なんて、大嫌い。
何もかも、ろくなものじゃない。唯一夏にいいところがあるとしたら、それは冬に夏を思えるところ。雪が降らなくなって氷が溶けて、夏になっていくことを楽しめる、それだけ。

器用に剥かれたりんごの皮を皿からつまみあげて、試しに齧ってみた。渋い。おいしくないね。それでも嫌いではないのはどうして。僕の気持ち次第で何もかもを好きと嫌いに分類していく。
好みなんてそんなもので、それでいいんだろうけど、りんごの皮の渋さを嫌いではない僕は、少しだけ、ずるいやつだと思った。


「何してるんですか。待ちきれないからって皮食べないでくださいよ」
「おいしいかなぁ、って思って。試しに」
「おいしかったですか」
「ぜんぜん」


でも嫌いじゃないよ。そう言おうとして、やめた。ことり、サイドテーブルの上にガラスの器が置かれる。その上で、しょりしょりとりんごがすりおろされていく。この音、嫌いだなぁ。
呟くとアレクセイがゆるりと笑った。少し長い前髪の影になる顔。口許だけが僅かに見えて、目許はどうだかわからない。でも笑っていた。アレクセイは、笑っていた。
それはつまり、しあわせ、ってこと? アレクセイはしあわせってこと? 僕には分からない。いつまでたっても、何一つ理解できやしない。


「早く夏が終わればいいのに」
「冬がいいんですか。冬には冬が嫌いって言ってたじゃないですか」
「冬は、嫌い、だよ」


でも、ねぇ、帰ろうよ。
暖かい暖炉。ぱちぱちと、小さな音が聞こえるよ。寒かったらお酒を飲もうね。
毛布をたくさん重ねて、温まろうね。そうして夏を思おうよ。それはきっと、とてもとても暖かいこと。



「冬は、あったかいよ」
「そうですね」


しょりしょり。涼しい音がする。
僕はきっと嫌いなんだよ。何もかもが。くらくらする。頭痛がしている。耳鳴りの向こう側に、何かが踊っている。



「早く冬になればいいのに」
「冬になったら冬になったで、あなたは言うでしょう。『早く夏になればいいのに』と」


ガラスの器に銀色スプーンを添えて、どこまでも冷たい色のりんごが差し出される。何も言わずに受け取ろうと器に手を伸ばして引き寄せようとして、アレクセイに阻まれた。大きな手のひらが器を掴んだまま放さない。


アレクセイ?」
「あなたは、早く老いていきたいわけでは、ないのでしょう」


ひとつひとつ丁寧に区切った言葉に、少しだけ奇妙な気持ちになった。ざわざわして、凪いでいた水面に、ぽたりぽたり、雫が落ちて。ぽつねんと、白い指先だけが取り残される。


「私は、冬が嫌いではありませんよ。夏も、好きですよ」


ねぇ、帰ろうよぉ。耳の奥でくすぐるように反響する。
おぉんおぉん。風の音と海鳴りとも違う。機械じみたものではなく、かといって生き物のものであるはずがなくて、ただのおまけとして、僕の中で響く。


「あなたの好きなものは好きです。あなたの嫌いなものも、好きです」


空いた方の手でシーツに皺をつくった。
そうでもしなければ、人の手でつくられたものに触れていなければ、恐ろしい音に飲まれてしまいそうだった。時間の流れがもし音として聞こえたら、こんな音がするのだろうね。
おぉんおぉん。物悲しい、絶え間ない、その音。


「好きになってみませんか。冬も夏も、そこにあるものも、全部を、少しだけ、好きになってみませんか」

そうでもしなければ、私は生きてはこれませんでした。
あとに続くアレクセイの言葉を想像してみる。お前は、どれだけたくさんのものを追い抜いてきたの、それとも、置いていかれたの?
僕はここにいるなんて、それは何の救いにもならない。
今までもこれからも、アレクセイが僕の側にいるってこと。それだけが全部で。結局僕は短い尺度の中でしか、呼吸をしていけないんだね。
寒さと暑さをいくつか繰り返すだけで、僕はアレクセイを置いていってしまうんだろうね。


「嫌だね」


何もかも、ろくなものじゃないんだ。
僕とアレクセイはそれぞれひとりぼっち。耳の奥で響く時間が邪魔なのに、でもどうしようもなく欲しいんだ。
こんなわがままな僕を、アレクセイは嫌いになればいいよ。何もかもを好きにならなくてもいいよ。



早く冬になればいい。雪が降ればいい。その雪から逃げ出せなくなれば、もっといい。
時間も、全部を閉じ込めてぎゅっと押しつぶしたまま、太陽に恋焦がれたいよ。だから、ねぇ、つめたいところに帰りたい。
帰して、僕を帰してよ。僕とアレクセイをいつもの冬に帰して。どこまでも閉じた場所へ帰っていきたい。そんなところを見つけられた試しなんてないのに。僕は優しさの中で願っている。


「欲しいものは、あるよ」


少し考えたあとで、アレクセイの顔をみないようにしながら、言った。
アレクセイは僕が言葉を繋げるように促さない。だから黙っていられる。
次の季節まで貝になれたら、と思った。それだけの猶予があれば、と思った。祈った、と言い換えることができる悲しさに、アレクセイはとっくに気付いている。


「おかわり」
「はいはい」
「早く行ってよ」
「わかっていますよ」


早く出て行って。この部屋から、僕の側から。だけどすぐに戻ってきて。


もう一度アレクセイの背中を見送りながら、耳ざといアレクセイに聞こえてしまえるくらいの音量で、早く冬になれば、と呟いた。








                                憂 鬱 ル ー プ

このデジログへのコメント

  • ひげひげ 2013年06月14日 09:13

    新しいものは書いていますか?

  • 井荻しいか 2013年06月14日 10:41

    琉哉さん

    たぶん書き込みが足りないんですね
    あまり書き慣れてないので、ふんわりぼんやりしちゃうんだと思います

  • 井荻しいか 2013年06月14日 10:42

    ひげひげさん

    えっと、これは昨日の晩に書きました^^
    中学生くらいのときから少しずつ書いていたので、
    新しいのと、古いのと、半分半分くらいです

  • 井荻しいか 2013年06月14日 10:43

    汀目俊樹さん

    えっと、わたしは結構遅筆だと思います…
    これかくのにも2時間くらいかかりましたし

    新しいもの半分、古いもの半分って感じです

  • DAKARA 2013年06月14日 20:28

    僕は全然文才ないのですごいと思います(*^^*)

  • こーじろー 2013年06月14日 21:31

    小説かぁ、懐かしい。
    学生時代書いてました。
    童話や詩や歌詞なんかも。
    今は高校の国語の教員です。

  • 別荘族 2013年06月15日 08:26

    集中できていますか?お会いできないですかね?またメールしますね。頑張ってください。

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