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檸檬の舌

2013年06月13日 20:20

午睡の最中、遠い島へ行ってきた。その島は宇宙空間にぼんやり浮かんでいて、ターミナルの待合室には故郷を思い出せない迷子ばかりが居残っていた。
 ターミナルで順番を待つ間、ぼくは、たまたまそこにいた駄菓子屋に声を掛けた。

「生とは死を感じるために与えられた束の間の余暇だね」

 彼女は綿菓子を膨らませながらぼくの方をちらりと見た。
片方の瞳が欠けている。つい見とれて列車をやり過ごす。


「あんた死にたいの」
「そうかも知れないし、若さが憎いだけかも」

試作品だけど、と手渡された綿菓子に舌を近づけると檸檬の味がした。

「仕方ないよ。若くあることは誰しも逃れられない。それは生まれもっての呪いなんだから。その意味では、人は死ぬまで若い」
「そう?」


 次の列車ターミナルに入ってくる。人々が乗り降りする。ぼくの隣でもうずいぶん長いこと俯いていた迷子がぱっと顔を上げ、軽快な足取りで列車に乗り込んでいった。もうあの子は迷子ではない。故郷を見つけたのだ。一方ぼくはまたやり過ごす。舌を檸檬の果肉色に染めながら。あんたが長居するような場所ではない、駄菓子屋が忠言するが聞こえない。彼女の肩越しに光景を懐古した。


ラムネの瓶。夏の夜。

誰かが向ける懐中電灯の光に目が眩む。これはきみの視点。
少しずつ後ずさりその場から逃げようとする。これはぼくの視点。
複数の笑い声。それは嘲笑。人はある日突然、果てしなく残酷になるのだ。
助けて、と云われたら迷わず戻った。
たった一言、ただそれだけだったのに。


夏の夜。割れたラムネの瓶。

遊戯は時に、人をころすね。
ぼくは脇に小説を抱え直す。値打ちのない書きかけを。どうあがいても結末が見つからない。
それさえあればきっと楽になるのに。安眠するにも呼吸するにも、今よりきっと楽なのに。

「ないものを表現するには、言葉だけが必要だ。言葉が生まれて不在が生じた」



きみがそう云う。ぼくはこれで良いのだと思った。
入ってきた列車に飛び乗って振り返る。あの日片目を失ったきみは、現在ここ宇宙ターミナル駄菓子屋として相変わらず檸檬の綿菓子をつくっている。その姿にぼくは挨拶を投げかける。


「さよなら」
「何それ」
「何って、別れの挨拶だよ」
「くだらない」
「……きみって一度くらい泣くことがあるわけ」


その目が向けられているうちに綿菓子は食べきってしまおう。掌中で圧縮され繭のようになった綿菓子を直ちに口に放った。舌の上で孵化した幼虫が一瞬で蝶になる。そしてそれは、少し笑った駄菓子屋の肩に留まった。


「あんたがあの場からいなくなった時は泣いたよ、これでも」
「何それ」

今度はぼくが繰り返す番だった。何それどういう意味。

「何って、懺悔からの開放だよ。あんたはぼくなど忘れろ、ここはちゃんと楽しいからさ。あれは事故だよ。誰にも殺意などなかった。たまたまぼくが弱かった。ただそれだけの結果。……ええと、さよなら、だっけ?」
「そう、別れの挨拶。覚えておきなよ」
「くだらない」
「なら云うなよ」
「真似しただけだ。で、さよならの理由は」
「自分で考えろ、莫迦。じゃあな」



莫迦と云われた駄菓子屋が今度ははっきりと笑う。ぼくも似たような表情に違いない。ドアが閉まり列車が動き出す。勿体なくて窓から身を乗り出す。しかしもう既にターミナルは遠すぎる。遠すぎる、という感覚は経験を重ねても慣れない。そう、遠すぎる。


気づいた時には、いつも何かが遅すぎるのだ。

遥かで新星が誕生し、新たな銀屑がまた別の思いがけない道をつくる。ぼくは窓際の座席に腰を下ろし、束の間の死に別れを告げる。舌打ちしたら檸檬の味がした。いつか遥かでまたぼくが生まれる。そのさらに遥かでまたきみが生まれるかも知れないが、ぼくらが再び人間同士としてめぐり合う確率は限りなく無に近い。これが、さよならの理由だ。あの莫迦はちゃんと気づくだろうか。あの、いとおしい、ぼくの莫迦は。












                           檸 檬 の 舌 










今日はお勉強漬けでした。
ひさびさに10時間くらい連続で時間がとれました♪

しいかでーした

このデジログへのコメント

  • ひげひげ 2013年06月13日 22:45

    掲載続けてご覧。ちゃんと読むから。

  • まこと 2013年06月13日 23:37

    しっかり勉強出来た結果出そうだね

  • 井荻しいか 2013年06月14日 08:10

    まことさんコメントありがとうです
    はい、結果、出るといいんですけど…

  • 井荻しいか 2013年06月14日 08:12

    俊樹さん

    お仕事ですかー
    お疲れ様です♪
    これは高校1年生の定期テストのあいだに書きましたー
    なんとなくじぶんで、嫌いじゃない書き方が出来たきがする最初の文章なのですー
    ニヤニヤ…ありがとうです!

  • 井荻しいか 2013年06月14日 08:16

    ひげひげさん

    読んでいただいて、ありがとうございます
    はい、書くのすきなので、暇を見つけてかこうとおもいます

  • 井荻しいか 2013年06月14日 08:17

    琉哉さん

    ありがとうですー^^
    でも、書きたいことを書いてるだけで、ぜんぜんすごくないです!

    でも、うれしいな

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