- 名前
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- 最近は正しい近代史を中心にログを綴っております。 日本人であることを誇らしく思う今日...
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【史実】南京事件は無かったが、虐殺はあった。
2013年04月14日 18:14
「南京事件は無かった」
ここで長い間お付き合いいただいている皆さんは、よく知っている事実です。
当時の南京の写真が数多く残っていますが、南京入城の瞬間からの写真を見ると、なぜか日本側には日本兵と現地人とのほんわかした写真しかありません。
さらに西欧諸国の報道写真でも同じこと。
どこの写真にも数十万どころか数百の死体の山すら写っていません。
ところが中国にはあるんですよねぇw
残虐非道なやつばっかし。
当時、日本軍に包囲された南京城内では、逃げ出そうとする市民を裏切り者として、国民党軍が見せしめに殺してたそうです。
日本軍が入城した時も、広場に見せしめの死体が吊るされていた。
囲まれた国民党軍のチンピラたちは、一般人を殺し、衣装を奪い、金品を奪い、女性を強姦し、自分たちが助かるために一般人のふりをして(便衣兵)、日本軍から逃れようとしていました。
蒋介石が逃げた後の南京市内はパニックに陥り、無法地帯と化していた。
これは、当時南京にいた宣教師や外国人居留区の人たちが証言しています。
そんな非道を尽くした国民党軍を、一般市民が許すはずも無く、日本軍に密告する市民はますます増えるいっぽう。
あぶり出された便衣兵は捕まり、敵兵として処刑されました。
白旗揚げて投降してきたわけじゃなく、ただのゲリラなんだから当然の処置。
ゲリラ掃討作戦は国際法上でも何の問題も無い戦闘行為ですから虐殺には当たりません。
虐殺というのは、無抵抗な一般市民を一方的に軍が掃討するというような行為です。
南京で虐殺を繰り返したのは、紛れも無く国民党軍側です。それも日本軍が到着する前に。
もうひとつこういう話があります。
1938年年6月、開封が日本軍に占領されると、国民党軍は日本軍の追撃を断ち、日本軍を水攻めにするため黄河の堤防を破壊した。ところが、支那は、この犯行を「日本軍がやった」と嘘報道した。支那国民党軍は自ら堤防を破壊しながら、それを日本軍がしたと逆宣伝した。
これはwikipediaにも「黄河決壊事件」として載っている史実です。
このとき日本軍は、筏船百数十艘を出して住民とともに救助活動を行い、同時に氾濫した水を中牟付近から別の地域に誘導するために堤防と河道を築いた。
住民と一緒に堤防復旧工事に携わり、航空機による麻袋の投下支援なども行っています。
それを国民党軍は銃撃などで邪魔したというw
自国民を銃撃する軍とかwww
このときの被害
・死者・行方不明者 89万人
・被災者 約1250万人
・1市4,000村水没、3省の農地は農作物ごと破壊
実はこういうのを全部日本のせいにしてでっちあげたのが南京事件です。
住民と共に復旧作業をして、たくさんの命を救った日本軍が、どうして南京市民だけを無慈悲に虐殺することが出来るでしょうかね。
それは黄河決壊事件などをわざと教えない教育にも問題があると思われるのですが。
みなさんどう考えますか?
このデジログへのコメント
> てるみねさん
朝日のあのバカタレ記者のことですかね?ここではとっくに本名晒して批判してるので大丈夫ですよ。
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