- 名前
- c07naoko
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- 既婚者ですが、どなたかに癒されたいです。 見た目や性格は良い方だと思います^^ 画像...
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みなさん御存じですか?
2013年02月25日 23:11
写真は一流の一発屋、鼠先輩です。
北九州はパンチパーマ発祥の地なんです^^
うんちくは↓
1970年代に北九州市在住の理容師・永沼重己(ながぬましげみ、1936年 - 2012年4月3日)が黒人の髪形をヒントにして考案した[1]。約160℃のヘアーアイロンを髪に当て、手首を回してパーマをかける。髪の多い人で巻く回数は約600回[1]。永沼本人は「これ以上はない」という気持ちから「チャンピオンプレス」と名づけたが、いつの間にか「パンチパーマ」と呼ばれるようになったという。「パンチの効いた」イメージが呼称の由来とも言われる[2]。
1970年代当時、若者のアイドルとして台頭したグループサウンズや吉田拓郎などのフォーク勢の多くは長髪で、それに憧れた若者も多く真似て髪を伸ばした。長髪の流行により理髪店は売上が低迷、それに危機感を覚えた全国理容生活環境衛生同業組合連合会(全理連)は緊急プロジェクトチームを結成し、ファッション性の高いショートヘアスタイルの開発に乗り出した[3]。
全理連が開発したパンチパーマは目論見どおり若者の間で流行した。普及に貢献したのは、1976年に「失恋レストラン」でデビューした歌手の清水健太郎である。パンチパーマで、シャイで硬派なイメージで売り出された清水健太郎はアイドルとなり、それに憧れた若者の多くも真似てパンチパーマとなった。
しかし1980年代になると、バブル期を中心に「見た目に威圧感がある」「喧嘩の際に髪の毛が捕まれにくい」などの理由で、パンチパーマを暴力団関係者の多くが好んだ。このためパンチパーマはステレオタイプのヤクザ像の一つとして定着し、「いかつい」「怖い」という印象が浸透した。プロレスラーのラッシャー木村が、外見を理由にタクシーに乗車拒否されるなど、印象によって被害を受けたケースもある。
なんだそうです(笑)
小倉は確かに、そちら系の方も多いですモノ・・・><
このデジログへのコメント
そうなの?(^^;
鼠先輩…懐かしい^^
ポイントはまだ不足中です(T-T)
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