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認知症尾介護の現場から
2012年03月20日 00:48
介護の仕事をするようになってから、ご本人はもちろんの事、そのご家族との関わりのの重要さを痛感する。
特に僕の所属する「小規模多機能型居宅介護事業所」は入所型の施設ではなく、あくまでも在宅の生活を継続する上で高齢者ご本人の日常生活状の「つまずき」や、ご家族の介護負担の軽減をサポートしている。
通って頂き、のんびりと日中の時間を過ごして食事や入浴をして頂いたり、訪問で調理・買い物・環境整備(清掃など)をしたり、必要な時は必要なだけ宿泊して頂いたり・・・
通所・訪問介護・ショートステイを複合的に行う事、それが「多機能」と言う名前の所以である。
高齢者の方は身体機能の低下や疾病などで今まで出来ていた事が次第に出来なくなっていく。
それに認知症が加われば従来の日常生活を継続するのは並大抵の事ではない。
と言うよりは継続不可能と言う方が正確かもしれない。
まだ、家族と同居の方はある程度ご家族の支援のもとで暮らしているがそれも限度がある。
いくらご家族が頑張ってもご家族が介護に疲弊してしまい、最悪DVにつながることもある。
ましてや独居の高齢者となれば言わずもがなだ。
それでも「その人らしい生活」を維持していく為に「小規模多機能」は存在する。
住み慣れた家・地域、そして家族との生活。
それを維持しながら老後を穏やかに過ごしていただく。
それが我々の仕事だ。
介護と言うと何でもかんでも世話をするという印象を持たれる方も多いと思うが、実際には「出来る事は自分でして頂く」と言うのが基本だ。
何でもしてあげると言うのはとても親切に感じるが実はとても残酷な事でもある。
その方の出来る事を取り上げてしまうことにもなるし、それにより残存機能を低下させてしまう。
ご本人の尊厳を傷つけてしまう事にもなりかねない。
何でも介助する方が、実は介助者にとっては楽であったりもする。
自分のペースで仕事が出来るからだ。
でも、時間がかかっても失敗しても、そをれをじっと見守りながらご本人にして頂く方が介助者は忍耐が必要だったりする。
高齢者の方は出来る事が出来なくなるのは簡単だけど、出来る事を継続するのはかなり難しい。
そして私たちはそれを継続して頂かなければならない。
そうでなければその方のできる事がどんどん少なくなってしまうからだ。
そういう中で利用者の方が排泄の失敗をしてしまった時。
この時のメンタルのケアがとても難しい。
排泄の失敗と言うのはご本人にとってかなり精神的ダメージを伴う。
それをきっかけに一気に認知症の症状が進行してしまう方も多い。
その時僕ら介護師が如何にご本人の尊厳を傷つけないように対応できるかが重要になると思う。
つい先日もそんな事があった。
「誰でも多かれ少なかれある事で、気にする事は無いよ」と話しながら、話題を変えて何事も無かったかのようにさり気なく後片付けをした。
後から「あんな対応で良かったのだろうか?もっとご本人の尊厳を傷つけない対応は無かったろうか?」と自問自答するし、スタッフ同士でも話し合ったりする。
応えは一つではないから難しい。
話は変わるが、「小規模多機能」は利用者さんのご家族との関わりも非常に多い。
通って来られる方は毎日の送迎時にご家族の方とお会いするし、訪問に伺う利用者さんは同居のご家族がいらっしゃったり、独居の方なら定期的にご家族と連絡を取り合ったりする。
そういう意味でご家族との連携やコミュニケーションはとても重要で、ご家族の方との信頼関係も構築していかなければならない。
利用者さんとご家族の方の背景にはとても複雑な人間関係が隠れている場合も多い。
本当に色んなことに気を配りながらの仕事であるけれど、利用者さんの笑顔を見ると本当に心から嬉しく元気がみなぎってくる。
自分もいつか通る道かもしれない。
自分もこんな風に過ごせたらいいなと思える環境作りをして行きたいと思い、日々仕事に励んでいる。








このデジログへのコメント
心境、共感できます。私は障害者福祉の分野だけど、日々考え続ける仕事ですよね。
コメント、ありがとうございます。
本当に、これで言いと言う事のない仕事ですね。
だからこそ遣り甲斐もありおもしろいと思います。
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