- 名前
- JIN五郎
- 性別
- ♂
- 年齢
- 58歳
- 住所
- 神奈川
- 自己紹介
- デジログがメイン。老若男女大歓迎♪ リアルでの絡みも大好きですが、その場合20代は若...
JavaScriptを有効にすると、デジカフェをより快適にご利用できます。
ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてからご利用ください。
カルチャーなショックなわけで
2026年04月21日 08:38
内容的にはウラでもなんでもナイんだけどね。
気分的にウラログって感じで~
趣味の一つに旅行がある。
半日のお散歩も好きだし、仕事柄1週間というのはナイけど
数日程度の海外旅行も年一くらい行ったりする。
あぁ若い頃の転職のタイミングで月単位で世界回れば良かったわぁ♪
次のタイミングはリタイヤ時か?とかも思ったり。
前にあこがれの場所?みたいなログでタイのバンコクを上げたんだけど
なぜ、そんなにバンコクにハマったか?を今日は少しばかり。
自分が丁度40歳を迎えた年、なんの意気込みもなく仲間内との勢いで
バンコクに行くことになった。
初の海外旅行!の理由は『日本人はモテるらしい』との下世話な噂に踊らされたからだ。
当時、ネットは今ほど成熟しておらずyoutubeなどもまだまだだった。
よって情報は噂話と紙媒体がメインとなる時代だ。
のちに思い知らされるのは
『お金持ちの日本人はモテるが、ただの日本人はモテない』との現実だ。
兎にも角にもHISの3泊4日で8万のツアーに仲間と申し込んで
意気揚々と成田空港を旅立ったのだった。
バンコクはとにかく暑かった。眩しいほどの太陽とまとわりつく湿気、
街中にタイ米を炊く匂いが漂う。交差点ごとに屋台が店を広げ、
麺料理クイッティオや炊き込みご飯、煮込み料理を提供していたり
炎天下のなか何故かスシが並べられ売られていた。(当然怖くて食えねぇ)
町並みは流石の首都、東京ほどではないものの高いビルも多く
幹線道路は渋滞もし、その車の間を4人乗りのバイクが縫うように走っていたり、
路肩でトゥクトゥクが観光客に声をかける。
歩く人も緩いTシャツ短パンのオッサンだったり、
下着みたいなブラにやはり短パンのオバサマだったり。
とにかく活気があって『アジアンパワー』なるものを感じる街だった。
~半日後~
夜になり自分たちは『日本人はモテる』を検証すべく繁華街へと繰り出した。
バンコクの繁華街は何箇所かあるが、イメージは歌舞伎町と思っておけば
さほど間違いがないかと思う。昼間とは違ってピチピチの原色ワンピースを
着たオネーサンが袖を引いてくる。「シャッチョー!シャッチョー!」と連呼し
ついてくるオジサンもいる。昼とは違った活気でテンションが上がっていた。
……と。
ジン「っと。子犬だ」
生後半年くらいのワンコが足元をよぎる。カワエエ。と視線で追いかけると
ワンコは小さな女の子の腕に飛び込む。夜の繁華街近くの歩道橋の階段にその子は座り込んでいた。
年齢は5.6歳くらいか。色黒な肌にクリっとした大きな眼で俺を見上げてくる。
日本で声をかけると不審者扱いなので自重するが、旅先と小さなワンコに惹かれ足を止める。
女の子はニコニコと微笑むと、傍らにあったロゴの擦り切れたマックのカップを手にした。
そしてそのカップを俺に差し出す。中にはコインが入っていた。
女の子は微笑みながら、そのカップを小さく振るとチャリチャリとコインが鳴った。
ジン「ぁぁ……ちょっと待って」
小銭入れに手を伸ばしてジャラ銭をとるとカップに全部入れた。
女の子は嬉しそうに小さな手をあわせ、小首をかしげるワイ(挨拶)をした。
昼間は暑くて出ていられないから、夜になると通りに出て物乞いをしているのだ。
ワンコの写真を撮らせてもらうとモデル料として紙幣を一枚カップに入れる。
”海外には物乞いがいるがお金を渡してはいけない” ガイドブックに書いてあった。
しかし実際に眼にするとそんなアドバイスは吹き飛んでしまった。
カップに入った紙幣に女の子は大きな瞳を更に大きくして
本当に嬉しそうにワイをしながら深くお辞儀までした。
こんな小さい子が日銭を稼ぐために夜中に繁華街で物乞いをする……。
そんな現実になんとも言えない、しかし締め付けられるような感情を持った。
本当の意味でカルチャーショックだった。
よく見れば電柱の脇、繁華街の看板の影、いたるところに物乞いはいた。
裸の男の子を連れたお母さんや、両足が切断され地面を這う男性老人
みんな手にはマックのカップを手にしてタンブン(喜捨)を待っているのだ。
昼間の陽気でパワーに溢れた街が、夜になると人の弱さと同時に強さを見せてくる。
そこには人の生活があって人が生きている様子が垣間見えた。
アトラクションやテーマパークでは得られない感情に心を揺さぶられたのだ。
なんとも言えないショックに心震わせ、他にも諸々のアクシデントに遭いつつ
こうしてバンコクへと徐々にハマりこんでいくのである。
~後日談~
バンコクへ訪れること5回目あたりで、夜の街角にいる物乞い達は
『ビジネス』だと言うことを知る。
夕方、小型バスが彼らを連れて街角に配置し物乞い開始。
明け方までお仕事をするとバスで回収しインセンティブを跳ねると
お給料として彼らへと渡すのだ。
スゲー逞しい!って思わない?(笑
さらに好きになったわぁ。




このウラログへのコメント
へぇ、個人営業じゃなく バス送迎付きなんですか
完全なるビジネスなワケですね
日本でも、縄張りとかあるんでしょうから
マージンとか取られてそう
その代わり、少しの身の補償はします的なんだろうな
> maicoさん
仰るとおり!各業者(反社)で縄張り決まっています
ショバ代を払う感じなんでしょうね。
10年ほど前に有名?な物乞いの老女が実はでっかい家を建ててた、とニュースになってたわ(笑
女の子のところ泣けました
お金貰えなくても給料は貰えるのかな
そんな小さな子供がそういう事しなくてはならないって日本は幸せですね
沖縄もバス送迎お弁当付き基地反対運動の日雇いあるけどお年寄りばかりです
> まみさん
心ざわつくのと同時に人の逞しさも感じて日本では無かった感情になったんです
貧困ビジネスの一貫なので、いくばかは貰っている……と信じたいですね。
沖縄もその話はやはり闇深いですよね。
コメントを書く