- 名前
- のんのこのん
- 性別
- ♂
- 年齢
- 53歳
- 住所
- 熊本
- 自己紹介
- 裏からメールは無視だけん^^ 別にエロ写真とか要らんし(笑) 別にエロだけの関係なん...
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いつの世からSEXは面倒なものになったのだろう
2018年07月31日 12:49
50日間の長丁場、同性の男友達と過ごした。
そして今日、彼は先ほど新幹線に乗り自分の家に帰っていった。
「また遊びにおいでな!」「うん、また来るわー」
別に大きな感傷はない。
きっとこれが女性ではそうはいかないであろう。
男同士だから成しえるし異性の場合とは違う気楽さがある。
異性同士であると「面倒」を包括した状態になる。これは若ければ特にであろう。
※言っておくが僕は同性愛者ではない。しかし、疑うなら疑えと言う開き直りもある※
さて、では何が「面倒」なのであろう?
まず一般的に、異性同士の性行為があれば婚姻がちらつく。
男と女が50日間同じ屋根の下に生活すれば、その屋根の下の状況を見る事ができない第三者は性行為があったであろう事を勝手に想像する。
そう、婚姻という面倒がまず生まれるのだ。性行為=婚姻
これは性的弱者である女性を守るために生まれてきた発想であろう。
が、同性同士ではそれは全く持って発生しない。
話を戻し…SEXという本来人間の生活上または本能上、すぐ隣にあったものは、今現在、面倒を包括する存在である事は感じるところだろう。特に人生経験を色々として来たこれをここまで読んだ人ならば益々ではなかろうか。結婚はしても子供は作らない。なんてのも良くわかる気もする。
しかし、僕も心の底では異性を求め異性との肌と心の交わりを求めている。これが本能であり大本なはずなのだ。
世は矛盾だからけで正しいなんて物は何一つもなく間違っているもまた無いのではなかろうか
それでも男は女を求め 女は男を求め(いや、これに関しては疑問符が残る)…
未来の男と女像はどうなっていくのだろう
ま、そんな未来のSEXの話なんて知ったこっちゃないですがね。
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