- 名前
- miyu
- 性別
- ♀
- 年齢
- 41歳
- 住所
- 海外
- 自己紹介
- 特になし
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仕事始め。
2013年01月07日 23:40
あー現実が始まりました。
毎晩ベッドで眠りにつく度に、このまま死ねたら幸せなのにと思う私には何とも…あぁ、また私は今日も惰性で活きるのかと。
今思い返すと、私にとっての親は本当におじいちゃんだったのでは、と思う。
私は、両親に対して反抗期はなかった。
でも、人間成長過程で反抗期は必要不可欠だ。
私が自分を肯定出来ない要因の一つはこれだと考えている。
しかし、記憶を辿れば大好きなおじいちゃんに対しては反抗期があった。
だからか、漠然としていて言葉にするのは難しいがおじいちゃんからは、私は生きていていい、生きて行くべき存在なのだと肯定されている様に感じる。
しかし、母は違う。
母はずっと現在進行形で生きて行く為に私を利用している。
それは物質的な事ではない、
そして恐らく今も無自覚だろう。
つまり、私は生まれながらにして母親の共依存に巻き込まれて来た。
私が自立し、共依存関係を断ち切られそうになると、自殺を仄めかしてまで、私を放さないのだ。これもまた、本人にその自覚が無いので、始末に悪い。
私自身、母のそれに気付いたのは約一年前。
これに気付いた事は、私にとって、私の人生を大きく変える程の進歩だが、その代償は大き過ぎた。私の最愛の人と、二度と逢えなくしたのだから。
最愛の人には間違いない。
でも、母のそれに気付かず、彼と結婚していたら、私は間違いなく、母と同じ結婚生活を繰り返していただろう。
それを避ける事はできたものの…
いつも何も持っていない筈なのに、重くて仕方なかった背中に十字架を背負っていたと気付いたところで、全くどうしたらいいのか立ち往生なのだ。
人は生まれながらに罪をおっていると言う。
レミゼラブルを見て、
赦す 事の大切さを改めて実感。
私も死ぬまでには、母を赦せるだろうか。





このウラログへのコメント
だいじうぶですよ
赦すことに意識が集中するとそればかりになって逆に赦せなくなるのでは
> かつぶしごはんさん
今はまだ、赦そうとも思って…思えていません。
先ずは、怒りや憎しみを乗り越えないと。
赦そうと思えるようになるのはその先ですね、、
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