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中村淳彦『職業としてのAV女優』

2012年12月14日 22:24

中村淳彦の『職業としてのAV女優』の新書版を地下鉄で読んでいたら、手元の携帯電話が鳴った。向かい側のシートに分かれて座っていた友人からである。何ごとかと思って顔を上げると、両手を交差させてバッテンマークをつくっている。「?」。意味がわからないという顔をすると、再びバッテン。「?」。すると今度はメールが届いた。「AV女優志願者と思われるよ。最近は熟女ブームなんだから。カバーしなさい、カバー」
 んなわけないだろ、と思い切り噴き出したが、なるほどそうかと腑(ふ)に落ちたことがある。本書のキンドル版の売れ行きがいい理由である。電子書籍の売り上げの大半を占めるのはエロ系で、購読者にはこれまで堂々とエロ本を買ったり読んだりできなかった女性が多いということはよく知られているが、本書も案外、女性読者が多いのではないか。
 ただ、本書は性的な欲求を満たしてくれるエロな内容ではない。不況に強いといわれてきたアダルト業界にもデフレの波が押し寄せ、AV女優労働環境職業意識にどんな変化が生じたか、業界全体に何が起きているのかを長年の取材経験をもとにリポートした「求人誌に載らない職業案内」である。
 逸脱が過ぎれば逮捕者が出るというリスクを抱える業界で、この7~8年、コンプライアンスを重視する会社が増えたことが現場を大きく変えた。事務所ホームページはおしゃれなモデルプロダクションのようで、応募者の疑問に答えるQ&Aコーナーや、仕事別のギャラを細かく掲載しているところもある。採用されてからは、やりたくないNG行為を事前に申告しておけば、現場でいきなり過激なプレーを強要されるようなことはない。その代わり女優にも協調性自己管理が要求される。昔は精神疾患を抱える女性も多かったが、トラブルを避けるため最近はほとんど採用されなくなっているという。
 業界が健全化していく中で、AV女優そのものも大きく変化した。中村によれば、レンタルビデオ全盛期と、90年代後半にセルビデオの優良企業が登場して業界の構造が激変し、不況といわれるようになった2006年以降では、AV女優の「人種が違う」らしい。
 かつては、風俗業界を転々としている時にスカウトされてAV女優になったものの、仕事でするセックスは好きではなく、「たくさん稼いで早く足を洗いたい」という女性が大半だった。ところがここ数年は、性風俗の経験も非行歴もない、一般の大学生やOL、主婦らが経済的理由や性的好奇心から自ら志願するケースが急増し、倍率は25倍にもなるという。多くは地方出身者で、働きながら看護師などの資格取得を目指す女性や、居酒屋バイトだけでは生活できないフリーター、夫の給料が下がったため消費者金融で借りた借金を返そうとする主婦もいる。
 セックスという究極のプライバシーが公開され、映像や画像が引退後も消えずに残ることへの不安やうしろめたさは微塵(みじん)も感じられない。周囲にちやほやされ、楽に稼げたことが嬉(うれ)しくて、「できるだけ長く続けたい」と願っている。誰かに必要とされることが生きがいになっているのである。
 とはいえ、彼女たちの希望市場原理とは合致しない。通常、仕事とは時間と共に経験を積み、それを武器としてキャリアアップしていくものだ。ところが裸が売り物のAV女優真逆(まぎゃく)である。性体験は少なければ少ないほうがよく、働くごとに体の価値は下がり、賃金滑るように落ちていく。それは今も昔も変わらないこの職業の現実だろうが、昨今は労使トラブルが激減した一方で、消費スピードはますます加速しているのである

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