- 名前
- いるま
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- 年齢
- 45歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- 特になし
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低迷考
2006年01月29日 23:51
言い訳の無意味さ
日本の精神性、すなわち無形物への侮りは
戦前以前、もっと昔に遡る
土着宗教という、恐怖神、御利益神だけの世界
止めを刺したのは、無形物の存在を真っ向否定する
共産主義思想であった、
ただ、共産主義思想の問題点は、
人の心の作用が分かっていない点で
何かを信じたいと欲する我々人間は
人を神格化し初めてしまう
(現人神、ヒトラー、レーニン、etc…彼らは
よりどころを求める人類における神の代替品に過ぎないわけである)
高度成長とやらが追い討ちをかける
ところで、
そういった虚無の中で
日本ATGの自主制作映画郡は、
虚無への信仰という様相を呈した
一部の人間により、
その信仰による莫大なエネルギーと共に
作られたと、認識する。
しかし、
目的なき爆発は
勢いを失えば
元からなかったように幻影のように
消えていってしまう
その残光にすがって滑稽な映画郡が製作され
日本映画は色を失っていく
誰も、企画者ですら何がしたいのか分からず、
フェリーニの8と2/1の様に
内容のない無意味な理屈をスタッフへの
責任転嫁に利用し、自分自身が煙に巻かれて行く
誰もが、ATG亡き後も精神性は崩壊しないと信じ
無力なものたちが映画を極めたような
したり顔で、無意味な時間を浪費させた
不勉強で、無知蒙昧で、自信過剰な
一部の者たち、
そんな者達が(一部だとしても)発言権を持ってしまう
業界全体の基準の無さ
(基準の無い世界は、嘘八百でも自信満々に言われると、
そうかもしれないと思ってしまう世界、すなわち日本)
低い高い以前の問題、無いという状況が、
ただの目立ちたがりやの話をスルーできない
狂った状況を産んでしまう。
映画ではなく、映画を作るという行為そのものが
映画であり、完成したものはその映画の
残りかすのようなものだ
映画の製作者の話は面白いのに
映画そのものは見るに耐えない
その人の本来の姿を知るには
その人の伴侶を観察すれば分かる
日本に芸術をスポーツを、評価する基盤は無い。
日本が根本的に持つ精神性への不思慮
が、私が認知する、
日本の創作作品低迷の理由のひとつと思われることである





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