- 名前
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- 齢を重ねると一人でいるのが、徐々に寂しく感じられるようになりました。でも、束縛はした...
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恩師、仰げば尊し
2017年05月14日 06:58
大学に入ったものの全く関係ない本(ある作家のもの)ばかり読んでいた。
それでも単位は順調にとって、残すは卒業研究のみ。
どこの研究室に入ろうかなっと思っていたら、先輩から勧められたのが、その恩師の研究室。
自分の思いと重なっていた。
その恩師の研究室に入りたい旨を伝えたら、ずっと片思いのままだからやめた方がいいと言われた。
その恩師、隔年でしか、卒業生を採っていなかった。
その年は、採らない年だったようだが、幸いにも?その恩師の研究室に決まった。
みんな大学院に行く傾向が強かった。
でも、これ以上両親に金のことは言い出せなかった。
とは言っても、4年間、奨学金(半分は返さなくてもいいもの)や地元の有力者の子弟と同居を条件に、住居費や同居費(?)としてお金をもらっていたようなので、ほとんど負担はかけていなかったと思う。
あと2年は無理でも、1年ぐらい研究生で、今後の人生を見つめてみてもいいかなと思ったりしていた。
その当時、不景気で、11月ごろに、その恩師から呼び出されて、ある会社の最後の就職試験があるから受けるように勧められた。
4問の難しい試験もそれなりに回答というよりもその設問に対する思いをたっぷりと認めておいた。
無事、就職できたし、新入社員総代の栄誉もいただいた。
そのために3月半ばから会社に出向くことになった。
その会社の役員たちとの毎日の面接と入社式での挨拶の草案を書くことだった。
長くなったので、あとはかいつまんで。
会社からの海外留学生に決まり、その恩師の世話で、行先もあっさり決まった。
その後、恩師との交流は続いていた。
恩師が入院したので、会社の同じ研究室だった先輩と訪ねた。
帰りにベッドから起きだして、エレベータホールまで送ってくださった。
その翌日(正確には翌々日の早朝)に亡くなられた。
いつもは、話もできない状態でしたと後で奥様から伺った。
今でも恩師のことは思い出している。
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