- 名前
- しのやん
- 性別
- ♂
- 年齢
- 55歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- 性格は体育会でとにかく熱い人間でございます。スポーティーなファッション好きです。髪型...
JavaScriptを有効にすると、デジカフェをより快適にご利用できます。
ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてからご利用ください。
東京大空襲慰霊祭70周年
2015年03月11日 03:37
久しぶりにスーツに右手には四神水晶ブレスレットを身に着けてコートで
平服ってやつです
やっぱり堅苦しくてネクタイは首が苦しいし鎧ですね
錦糸町からとぼとぼ両国駅まで歩く
スカイツリーが顔をドバっと出しまさに空を押し上げてるような感じだった
だから押上なのか?
浅草、錦糸町、両国、日本橋、人形町
ここら辺はまさにお江戸にタイムスリップしたような
まさに日本江戸時代の文化を感じる
3月10日は東京大空襲で10万人以上の方が犠牲になり命を奪われた
僕は戦争を経験したことがないので偉そうには語れないが先人達の教えから
歴史から悲惨さを想像はできる
戦争はいつ起こってもおかしくない
普段の人間同士の暗いニュースが物語ってる
死体がごろごろ血まみれの地獄絵
焼野原で人の泣き叫ぶ声
爆撃や焼夷弾の破片で生身の弱い肉体は意図もたやすく破壊されるのだ
脳や腸が内臓が飛び散り
鼻や口が削られた顔
大人だったらまだしも小さい子供も経験するのだからこんな残酷なことはない
よく生きてこれたと思います
戦争の質が途中から変わってきた
ヒトラーが民間人を虐殺して恐怖を与えて相手国の戦力を弱める為だが
どの国も民間人を狙うようになり日本も中国を爆撃してる
また飛行戦は相手の顔があまり見えないので相手のダメージがどんなものか
感じないらしい
中央線の高尾駅近くのいのはなトンネルでの疎開列車の爆撃事件は悲惨だ
だいたい80代前半の方が学生時代に体験して家族を犠牲にされた
良かれと思って安全だと思って疎開に出したのに結果子供の命をなくした
親は自分はわるくないのに守ってあげられなかったと自分を責めて死ぬまで地獄だ
そうなんだ戦争は命や物だけでなく人の心も壊してしまう
戦争が終わっても現実問題が待ってる
どうか遺族の方には心のケアをしてあげてほしい
東京慰霊堂は関東大震災を機に建てられた
そして、東京大空襲、東日本大震災の犠牲者も慰霊されている
たくさんの方が慰霊に訪れ、僕も献花とお線香を捧げ慰霊の念と平和への
祈りを捧げてきました。
遺族の方にとって同じ日本人として平和を願うことが癒しになるのかなぁと
思った次第であります
そして平和を願う雨が降ってきましたね
いろいろ考えさせられました
嫌なことから誰しも目をそむけて忘れたい
でも先人達の教えと経験、そして何よりも歴史ここにありです
問題解決してこそそこには生きる原動力になるのではないかと思います
今日は46歳の誕生日であり東日本大震災から4年
命の大切さと生きる喜びを感じることができ有難うございます!
このデジログへのコメント
東京大空襲は外国に知られていないそうですね。広報活動も必要でしょう。
> ★なぎさ★♪さん
戦後70年で何かが起きようとしてますね!反戦をいうのは簡単ですが実行力が大切ですね★
コメントを書く