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今さらですが、スルツカヤの素晴らしさについて

2006年03月01日 02:37

2006トリノ五輪の華「女子フィギュア決勝」があっという間に終わり、今オリンピックの「勝者」と「美しき敗者」が決定した。

眠い目をこすりながらテレビをつけると、ショートプログラム一位のサーシャ・コーエン演技がちょうど終わったところだった。コーエンは二度ジャンプで転倒したために、得点は180点台で思ったほど伸びなかった。続く荒川静香は、指の先まで神経が行き届いた伸びやかな演技で終えて190点台の高得点をマークして、ミスをしたコーエンをあっさりと抜き去った。村主章枝は相変わらずの神懸かりの演出で会場を沸かせたが、全日本でみせた聴衆と一体になったようなムードは醸し出せなかった。

そしていよいよ、最終滑走者としてイリーナ・スルツカヤの登場。始まる前、彼女の顔がいつになくこわばって見えた。荒川の高得点でプレッシャー彼女を襲ったのかもしれない。それでも彼女は気を取り直し、コーチと一言二言かわして、リンクの真ん中に立つ。やがてフラメンコ調の曲がはじまって演技スタートした。真紅コスチュームに身を包んだスルツカヤだが、どうも音楽に乗れていないようだ。風邪でもひいているのか、いつものバネのあるジャンプが影を潜めている。三回転が二回転になり、後半になっても、スルツカヤ特有の躍動感が感じられぬまま、その時がきた。ジャンプでまさかの転倒。これですべてが終わった。それを一番知っていたのは、スルツカヤ自身であろう。このクラスアスリートになると、どのような演技構成で、どれほどのレベルで滑れば、荒川の高得点を抜くかが計算できるはずだ。自分が完璧演技をして、僅かに荒川の得点を抜けるかどうか。おそらくそのために彼女の緊張はピークに達していたのだ。余裕を持って滑れる得点ではないからだ。転んだ瞬間、敗北は明かだった。滑り終わってポーズを決めた後、スルツカヤはお決まりの笑顔を見せた。しかしその笑顔はすぐさま泡のように消えて落胆の表情が滲んできた。悔しいに違いない。泣き叫びたいほど悔しいはずだ。しかし彼女はそれをプライドにかけて必死で押さえて笑顔に終始した。

病気の母を抱え、自らの病気と闘いながら、スケート競技を人生として送っているスルツカヤにとっては残酷な瞬間だった。「キス・アンド・クライ」といわれる舞台がある。それは競技者が終わった後に自分の得点を待つ舞台である。喜びのキスを交わしたりあるいは悔し涙を流すという意味で、そのような名称になったのだろう。そこに座った時、彼女はテッシュをとって涙をふいた。テレビカメラが来ると、それでも彼女笑顔を見せて、必死に己の内面を見せまいとした。

スルツカヤヨーロッパでは無敵の女子選手だが、何故か、五輪金メダルには縁がない。前回のソルトレーク五輪でも、アメリカ伏兵サラ・ヒューズという無名の選手に敗れ、「あんな採点があっていいの」と絶句して泣いたこともある。

その後は、原因不明の病気にも罹って、思う様に体が動かなくなった。一年間の闘病生活。さらには母の病気のこともあり、引退の危機もあったようだ。それを乗り越えてのトリノなのである。順風満帆で来た女性アスリートではない。スルツカヤスケートには、彼女の人生が見える。フィギュアというものを越え、ある線を越えた者だけが醸し出すオーラ彼女の周辺には漂っている。それはけっして意識して発せられる質のものではない。

そのスルツカヤが、浅田真央の年齢制限による不出場のことを聞かれ、「それも人生」と短い言葉を発したという。つまり、「スケートは人生。だから色々な難関が選手を待ちかまえていて、それを乗り越えた者だけが、栄光のメダルを取れるのよ。だからあなたも頑張って」ということを言外に含んでいるのである。

スルツカヤ演技を観ていると、そこには「勝ちたい」とか「金が欲しい」というような欲など微塵も感じられない。ただ人生を賭けてスケートと取り組んでいる、その一途な美さだけが伝わってくる。何か、「不屈の精神」を表しているようで、観る者の心を揺さぶるものがある。

日本の荒川にも同じものを感じる。彼女は、前回の五輪には、出場すら出来なかった。そこからはい上がってきて、スケートする怖さと喜びを一身に表現しようとするように見える。

採点について思うことがある。これまでは、ともすれば、難しい技、例えば3回転半とか4回転のようなものをマスターすればある程度、入賞もできたように感じたのだが、採点法が変わって、技の習熟度に加えてエレガントさがないと高得点が望めなくなったようである。このために、キャリアを積んだ選手が有利である。その意味では、今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの浅田真央のような旬の天才でもでない限り、少し悩みかけていて才能の限界を露呈しつつある安藤美姫では、やはり今回はあらゆる面で若過ぎると感じた。

それにしても、みな銀盤の上では輝いていた。
金メダルは取れなかったけれど、スルツカヤの、悲しみの裏側の笑顔を一生忘れないだろうと思う。

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