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君のためなら千回でも(THE KITE RUNNER)観た映画;Feb 08

2008年02月09日 12:26

君のためなら千回でも(THE KITE RUNNER)観た映画;Feb 08

君のためなら千回でも
 2007年
原題:THE KITE RUNNER
129分
製作国アメリカ

監督:マークフォースター

原作:カーレド・ホッセイニ君のためなら千回でも』(早川書房刊)
脚本:デヴィッド・ベニオフ
撮影:ロベルト・シェイファー
音楽:アルベルト・イグレシアス
 
出演: ハリド・アブダラアミール
ホマユン・エルシャディ ババ
ゼキリア・エブラヒミ少年時代アミール
アフマド・ハーン・マフムードザダ少年時代ハッサン
ショーン・トーブ ラヒム・ハーン
アトッサ・レオーニ ソラヤ
アリ・ダネシュ・バクティアリ ソーラブ

【解説】
 アフガニスタン出身のカーレド・ホッセイニ原作ベストセラー君のためなら千回でも』(旧題『カイトランナー』)を「ネバーランド」「主人公は僕だった」のマークフォースター監督で映画化した感動ヒューマンドラマソ連アフガニスタン侵攻の際にアメリカ亡命作家になる夢を実現させた主人公が、今なお深い心の傷となっている少年時代に犯した罪と向き合い、それを償うためタリバン独裁政権下のアフガニスタン帰郷するさまを感動的かつスリリングに綴る。
 ソ連侵攻前のまだ平和だったアフガニスタン。裕福な家庭の少年アミールと、彼の家に仕える召使い息子ハッサンは、境遇の違いを越えて強い絆で結ばれた親友同士だった。ところが12歳の冬の日、恒例のケンカ凧大会の最中にある事件が起きる。以来、アミールは少年ゆえの潔癖さと後ろめたさからハッサンを遠ざけてしまう。そこへソ連軍が侵攻、アミールは後悔と罪の意識を抱えたままアメリカ亡命、再びハッサンと会うことなく月日は流れてしまう。20年後、苦労の末にアメリカで念願の作家デビューを果たしたアミールのもとに、アフガニスタンの恩人から1本の電話が入る。“まだやり直す道はある”との言葉に、アミールは意を決して危険なタリバン独裁政権下の故郷へと向かうのだったが…。

映画データベースには以上のように紹介されていたのだが、昨日の夕食のテーブルで子供たちがこの映画を観ようと提案して久しぶりに家族4人で映画館に出かけた。 実は家人の誕生日プレゼントが「The Earth」を家族と子供たちの友達を誘って映画館にでかける計画だったのだが先週それも終わっていて約束が宙吊りになっており皆の都合が合う今晩となったのだ。 家族四人が揃って映画館に出かけて観るのはテレビDVDを観るのを除いて3年ほど前、チェコヴァカンス以来だ。 どのときは滞在した田舎の小さな町の墓場のそばに小さな野外劇場があり、夏の夕方蝙蝠が飛び交い空が暗くなるとプロジェクターが廻り始めるという甚だノスタルジックなものだった。 それは子供の頃、村の寺の本堂に夏の夕村人を集めて見た白黒邦画大友柳太郎主演「丹下左膳」の昔を思い起こさせるものでもあったが、その時はチェコ語字幕ハリウッド映画「The Memory Of Geisha」を観たのだった。 全編英語だったから皆分かったものの20人ほどのチェコの村人たちに混ざって怪しいスピーカーから流れる音声にしっかり注意しながら次第に星空が我々を覆う夏の夜の雰囲気は不思議でもありこんなところでこういう風に、綾部大阪という名がでるものの一切京都という名が出ない妙な映画を観るのも悪くは無かった。

なぜこのような事を書くのかといえばハリウッド映画の「芸者、、、」もこの「君のためなら、、、、」も家族の欠落の物語だからだ。 それに主人公の話す言葉は次第に運命の糸に引かれ異国のものとなっていくことでも共通項が見出されるだろう。 私自身にしても異国に長く住み今では自分の言葉は極個人的なものとなり家族の共通語日本語ではありえないということにも敷衍する。 「芸者、、、」がもし日本語で話されておりチェコ語だけの字幕であったなら私一人しか物語が理解できなくそこには座っていなかった、という事態でもある。 「君のためなら、、、」ではかなりの部分がアフガニスタンの言葉で話され米語が混ざり我々はオランダ語字幕に頼ることとなるのだがこの多言語の混ざり具合、映画のシナリオで選ばれた言葉がハリウッド映画とは言わずともアメリカ映画の性格を示しており、映画の中で主人公が再度自国を訪れる際に同国人から「アメリカに長く住んでいるとそんなに能天気になるのか」と批判を受けるところは何語で話されたのか記憶に無いが多分現地の言葉だったのだろうと推測する。

映画の主要部分を導くのは雪の広大な山々を背景にカブールの上空で繰り広げられる凧合戦でありその見事なCGを駆使したカメラワークゲームで遊ばれるバーチャルなスターウォーまがい、ジェット戦闘機空中戦より遥かに興奮するものだ。 その様々な色で模様をつけられた尻尾のついていない凧が空中戦を繰り広げる様は俯瞰した土の町に住む人々のドラマ示唆して見事なものだ。 古来凧は子供の遊びとしても代々その経験を継承しており私も田舎正月頃の刈り取られた稲株の残る田で近所の子供たち、大人達も含めて青空のかなたに豆粒ほどになるほど高く登らせた記憶がある。 それにそこでは藁に火をつけてとんと、とかどんど、というような焚き火の中に薩摩芋をくぐらせて藁の焼けるにおいとその後のほかほかした芋の熱さの記憶も蘇るものだ。

物語は1978年以前から始まるのだがそのカブール市場の様子は79年に見た中国西安の街頭にも似てマーケットの雑踏に紛れたくなるような誘惑に駆られるし子供たちが映画館で何回も見て台詞を覚えている西部劇の「荒野の七人」、ぼくはチャールズ・ブロンソンがいい、ぼくはスティーブマックィーンだ、というシーン、また裕福な主人公の父親がカブールの町を赤いフォードムスタングを駆って主人公がマックイーンの「ブリット」と同じだと言いながら副主人公の誕生日プレゼントに凧を買いに出かけるところではエキゾチックカブールアメリカがしっかり入りこみその後ロシアの侵攻に追われてそのアメリカに命からがら逃れるわけだ。 主人公は父子家庭であるが幸いなるかな、使用人を持つ階級であり、裕福なものはアメリカに逃げることが出来るのだ。

話は突然変わって、今日のニュースで新入りをリンチで殺した相撲部屋不祥事文部大臣を訪れて謝罪する理事長が映されていたがそこで対応していた副大臣はたしかそのころアフガニスタンマーシャルアートタリバン兵に指導していたのではなかったか、その特徴ある80年代のアメリカ振興マフィアの後ろで束ねた長い髪の政治家である。 それから20年後を図らずも別のメディアで思い起こしたのだ。

劇場ホールが3つ、ハリウッドの新作がかかっているのだが我々のホールの観客は平均年齢が40を越すようなもので私の隣の老夫婦は70を越しているように見えた。 アメリカ映画から逃れられない状況ははっきりしているし結局20、30代をターゲットにした映画には食傷気味の観客がくるのはこういったものなのだろう。 アフガニスタンの現在は決して主人公の子供の頃の社会ではありえず混迷の度は依然として深くはなっても浅くはならないものであり、西側の軍隊の介入にはどちらからも厭世観がこの地域を覆っている。 いまもこの瞬間にも荒涼たる景色には緊張と銃弾が飛び交っているのだ。 そういう状況ではここで語られる物語は幸せな避難民の家族再構築へのサクセスストーリーでありロマンチックなもので、現地の人間からは鼻であしらわれることもあるだろうと想像する。

女性監督の「カンダハー」では直接現地の物語が示され、「君のためなら、、、、」でも登場するパキスタンのペシャワールから始まる、子供がイギリスに難民として苦難の旅をするロードムービー「イン・ディス・ワールド」(2002)では救いがあるのかないのかというような現実をみせられるのだが「君のためなら、、、」には幾分のメロドラマが漂いそれが背景となる荒涼たる山並みを美しく観るものの目に写らせるのではないか。 現地の人間にとって景色はどのように映るのだろうかとも考えるのだが厳しい現実があればあるほどそこから離れたものには美しいものと脳の中に投射されるだろうし、それがそこに住みつづける現地の人間からは「アメリカにいるとそのような能天気になるのか」というような言葉を引き出すことにもなるのだろう。

映画が終わってエンドロールクレジットに多くの中国人の名前が出ており「ラスト・サムライ」がオーストラリアニュージーランドで撮影されたようにアメリカ映画アフガニスタンパキスタンで撮影できるような状況でもないだろうということから中国モンゴルの何処かで撮影されたのだろうと想像した。 アフガニスタン人の名前より中国人の名前が多かったような印象をもったのだがここでも中国人は大きな影の力となっている。

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