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よくわからない虚無感、喪失感、孤独感、生きていない感ってありませんか?
2014年03月02日 13:16
ここのブログを拝見していると
AC(アダルトチルドレン)かも?
という人を割りと良く見かけます。
素人なので医学的でもなく
単なる個人的な見解に過ぎないのですが。
ACの有名な著書は信田さよ子さんの「依存症」(文春新書)が有名です。
ACというより依存症の話なんですけどね。
私が気になるのは
所謂
優等生と言われて生きてきた人達です。
頭が良く
人から好かれ
特に重要な問題がないように見えます。
実は私もどちらかというと優等生タイプというか
道を踏み外さないタイプで
割と何でもソツなくこなせるタイプでした。
大学行って会社員になって
そこそこ収入を得て
そこそこ美人なお嫁さんをもらって
という道が幸せな道だと思っていました。
そして
みんな同じ価値観なのが当たり前だと思っていました。
割とそういう道を進んでいたと思います。
がしかし
一向に充実感がない毎日
虚無感みたいな感情は常にありました。
何をしてもそこそこできるようになるし
楽しいですが熱中することはありませんでした。
子供もかわいいけど凄くかわいいと思えない
仕事も人よりできるけど
少し努力すれば人並みのレベルになれるので
すぐ飽きてしまう。
女の子とも割りとすぐ仲良くなれて
お付き合いできるけど
これもすぐ気持ちが冷めてしまう。
ずーっと不思議でした。
少し話しは逸れますが
残念な女子と残念な男子のカップルが幸せそうにしていると
何で不細工なのに幸せそうなのかな?と不思議でした。
今思えばアホな話なのですが
頭の良いやつ
顔のよいやつ
お金持ちなやつなど
何かに優秀なやつほど幸せ度が高いと思い込んでいたのですね。
つまり
世間のとあるひとつの価値観が全てであり
自分も同じ価値観を共有する一人だと思い込んでいたわけです。
でも
一般的な価値観と
自分の価値観は違うのですよね
そんな単純なことについ
最近まで全く気がつかなかったのです。
自分にとって幸せとは
良い女を抱ける
人より頭が良い
人よりスポーツができるなど
人より優れていることが幸せにつながることだと思っていました。
幸か不幸かわかりませんが
小さいころから
平均的な人より頭は良かったと思います。
でも
常に幸せな状態とは程遠かったように思います。
今でもそうですが。
で
ある時
ハタっと気がついたのです。
「自分の価値観は今まで思ってきた価値観とは違うところにある。でもその価値観が何なのかまるっきりわかっていない。」ということが。
そこから模索する日々です。
40年近い刷り込みというか思い込みは強力で手ごわいです。
こうだと思い込んでいたものを疑って検証することは
自分を一旦否定することになります。
どうしても昔の価値観の方が正しいと思いたくなるバイアスが働きます。
思い込みは性格の一部のようになっていますから
それを否定することは自分自身を一旦否定することになります。
これがかなり難しい。
例えば
自分が好きだと思っていたことは実は違うのではないかと疑うのです。
答えはわからないのです。
自分で自分のことを気がつくことが必要なのです。
誰かの価値観に乗っかるのはとても楽チンなのです。
考える必要がありませんからね。
でも
楽する代償として
自分のことが全くわからない人間になってしまいます。
わからないので自分自身をどうやって扱えば良いかわからなくなってしまします。
自分が何を喜ぶのか
自分を喜ばせるために何をすれば良いのか
自分は何を欲しているのか
自分は何がしたいのか
単純で根本的なところが全くわからないのです。
私は未だにわかりません。
だから
未だに探しています。
探して少しだけわかったのは
どうやら虚無感は一生懸命生きてこなかったことに因るらしい。
人から認証されたいという欲求が強い。
そのために人から好かれる行動をとり易い。
そのため自分の欲求を押し殺す癖がある。
そのためストレスがたまり易い。
好かれやす人を演じているので
本来の自分を認めてもらっている感が薄い。
そのため認めてもらいたい感が強い。
でも
本来の自分を出すと嫌われるのが怖いというループに陥っている。
ということでした。
大小差はあれど
認めてもらうために自分を変えている人って多いと思います。
ACの人は親から認めて貰うために
良い子を演じていたり
親に好かれる性格を演じていることが多いと思います。
それが長年続き
本当の自分がどういうものかわからないことが
深刻な悩みになっているような気がします。
認めてもらうための性格
これを自覚するのは容易ではありません。
しかし
本来の自分を取り戻すためには必ず必要になってきます。
子供の時
生きていくのに必要だった「良い子」はもういらないのです。
怖いけどサヨナラしなければ
よくわからない虚無感、喪失感
生きていない感に苛まれることになると思います。
私はそれが嫌だったので
今
少しずつ自分を探しています。
以前より
人の気分を害することが気にならなくなってきました。
その分
生きやすくなっているように感じます。
人に期を使うことも大事ですが
自分を殺して死にそうになるまで我慢する必要はないと思います。
誰も他人様を救い出すことはできません。
自分が変わる決心や覚悟が必要です。
決心する元気がない人も多いので
難しいところですが。
まずは自分が気がつくことが大事かなと。
人に羨まれたり
恵まれた人生だねと言われるのに
生きていない感
喪失感
虚無感
孤独感
消えたい感
が強い人は
一度自分を客観的に疑って
検証してみるのも良いかもしれません。
まぁ
ACのこと書きたかったのか
自分探しのこと書きたかったのか
よくわからなくなってしましましたが
刷り込みや
思い込み
依存
共依存
で
誰かの価値観に基づいて生きていると
生きづらくなっている場合があるので
気をつけてねというお話でした。)
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